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連載・特集

自分らしく老いる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <4>

 被爆2世の有田健一医師(69)=広島市中区=が続けている被爆者への「アドバンス・ケア・プランニング」(ACP)。被爆体験を含めて今までの人生を振り返り、これから望む医療やケアについて語り合い、老いの人生設計をともに考えている。

岩並藤枝さん(90)=広島市中区

広島市松原町(現南区)で被爆

体いたわり一日一日。100歳まで生きたいねえ

 夏の日差しを浴び、笑みがこぼれる。広島市中区の原爆養護ホーム「舟入むつみ園」で、岩並藤枝さん(90)が菜園の手入れに精を出す。草を1本抜くにも、かがまないといけない。「足腰のええ訓練になるんよ。できたら、100歳まで生きたいねえ」

 舟入むつみ園に入って21年がたつ。「生まれて嫁に行くぐらい、ここにおる」。健康を気遣いながら送る穏やかな日々。色柄のシャツをはおり、しゃれた帽子もかぶる。「やっと女性らしい格好もできるようになったけえね」。そう言って、また笑顔になる。

 若い頃は労苦が絶えなかった。とりわけ、73年前のあの日からは。「原爆で私は1回死んだんじゃけえ」。そこから踏み出した壮絶な歩みも口をつく。

 寄る辺のない悲しみがいまだに心に残る。17歳の時、松原町の広島駅(現南区)近くで被爆。左の目と脚を深く切り、やけども負った。汽車で運ばれ、とある学校へ。傷ついた体を廊下に横たえ、見知らぬ人の中で1カ月近く、痛みと不安にさいなまれた。

 やっと古里の竹仁村(現東広島市)に帰ったものの、冷たい仕打ちが待っていた。「広島におったもんには気を付けえよ」。村の人たちは心ない言葉を浴びせた。寝かされていたのは畑の小屋。優しく介抱してくれたのは、祖母だけだった。人目を避けて食事を届け、野草などを煮詰めて薬を作って…。「ばあちゃんに命をもろうた」。泣き泣き掛けてくれた言葉が、今も忘れられない。

 辛抱せえよ。いいこともあるんじゃから。人生ゆうもんは長いんぞ―。

 その後、結婚して3人の子どもを授かったが、夫が突然死してしまう。「めげとったらいけん」。子どものため、生活していくため…。持ち金をはたき、呉市で解体業の会社を立ち上げた。作業着をまとい、ヘルメットをかぶって、現場へ向かう。がむしゃらに働いた。おしゃれをすることなど、そっちのけだった。

 自力で人生を開いてきた自負がある。子どもには、あまり迷惑を掛けたくない。70歳を前に会社を畳んで選んだのが、舟入むつみ園での暮らしだった。

 平穏な毎日がある。それまでの格闘するような生活とは、がらりと変わった。むつみ園には平和学習の子どもたちが訪れるが、つらい被爆体験はなるべく語りたくないという思いが消えなかった。

 そんな中、胸を揺さぶられる出来事に出合った。2年前のオバマ米大統領(当時)の広島訪問だ。ずっと憎んできた原爆。それを落とした国の現職大統領が初めて、原爆慰霊碑(中区)に花を手向け、スピーチする。テレビで見つめ、あふれる涙とともに「心がすーっときれいになりました」。前を向いて生きていこう。そう気持ちの区切りが付いたという。

 いま気になるのは「健康だけ」だ。肺気腫を患い、息苦しくなって眠れないこともある。でも、看護師や介護スタッフが優しく支えてくれる。医務室には週1回、有田健一医師が診察にやってくる。

 延命治療はしてほしくない―。そう有田医師に伝えている。遺言状も書いてある。「じゃが、私の思うようになるかねえ…」。そんな不安がよぎる。

 だから、動けるだけ動いて健康でありたい。菜園の手入れに励むのもそのためだ。廊下を彩る生け花の水替えも、朝な夕な努める。「手を付けられん病気になって、なごう寝込んでみんさいや。どうにもならんですよ」。体をいたわり、一日一日を積み重ねる。(林淳一郎)

有田医師からのひと言

望む医療 もっと考えて

 むつみ園の医務室で、岩並さんは私にこう語りました。「生きざまを誰にも話さず、あの世へ行くのは後味がよくないよね」と。でも、胃ろうなど、もしものときの医療は「医師に任せたい」そうです。体と心が落ち着いているうちに、どんな医療やケアを受けたいのか、もっと考えてもらえればと思います。安心して老いを過ごしていくことにつながり、さらに心が解放されるはずです。

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(2018年7月29日朝刊掲載)

自分らしく老いる 被爆者と医師の対話から <プロローグ>

自分らしく生きる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <1>

自分らしく老いる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <2>

自分らしく老いる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <3>

自分らしく老いる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <5>

自分らしく老いる 被爆者と医師の対話から <エピローグ>

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