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連載・特集

緑地帯 語り継ぐ一人として 村田くみ <6>

 2017年2月6日、冨恵洋次郎さんが病を押して駆け付けた被爆体験を聞く会は、新聞などで報道され、翌月からは会場に入りきらないほど人が来てくれるようになった。お店が火事で焼けた時も、友人の店を借りて開催。一度も休まずに続けてきた。

 冨恵さんの本を出そうとしていた私は、本に登場する被爆者たちに掲載許可をもらうための連絡を取りながら、直接会える人には時間をつくってもらい、足を運んだ。「一人でも多くの人の被爆体験を聞きたい」。そんな思いが募っていった。ちょうどその頃、広島市が17年度の「被爆体験伝承者」を募集するとの記事が目に留まり、迷わず申し込んだ。

 冨恵さんの体調は悪化の一途をたどっていた。本の出版は8月6日の前、7月20日ごろと決まっていた。長時間、文字を追うのもつらくなってきたそうで、友人たちにゲラ刷りを読み上げてもらい、一字一句チェックしてもらった。

 無事に校了し安堵(あんど)したのもつかの間、冨恵さんが入院したという一報が入った。6月下旬、伝承者の研修のため広島に来ていた私は、研修が終わった後、お見舞いに病室を訪ねた。病と闘いながらも一生懸命、本を書いてくれたことに感謝して、「よくここまで頑張ってくれましたね。もうすぐ見本ができるので持ってきます」と、がっちり握手を交わして病室を後にした。

 こうして「カウンターの向こうの8月6日」(光文社)は刊行されたが、発売を目前に控えた7月3日、冨恵さんは本を手にすることなく旅立ってしまった。(週刊誌記者=東京都)

(2018年8月3日朝刊掲載)

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