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社説・コラム

『潮流』 岸田さんの覚悟

■論説委員 藤村潤平

 唇を時折かんで、言葉を継いでいた。「ポスト安倍」の一人と目されながら、自民党総裁選への立候補をいち早く見送った岸田文雄政調会長(広島1区)。会見を中継で眺めつつ、4年前を思い返していた。

 外相就任から1年余り過ぎた頃だった。東京支社で中国地方選出の国会議員を追っていたが、番記者やSPが取り囲む岸田氏への単独取材は限られていた。ところが、その日は外務省の一室で2人きりになった。岸田氏は普段より言葉少なで、取っ掛かりの世間話も長くは続かない。

 心当たりはあった。直前に岸田氏が打ち出した核軍縮の新たな構想を批判するニュースを書いた。構想の具体策として、核兵器の使用を「極限の状況に限定するよう(核保有国は)宣言すべきだ」と述べたのに対し、記事で「使用を容認するかのような発言」と追及していた。

 世間話が早々に途切れると岸田氏は切り出した。「現実の中で物事を動かすのが政治家の仕事だ」。つまり、米国とロシアの関係悪化の中で核軍縮を進めるのは難しいが、使用の可能性を狭めれば一歩でも前進すると言いたかったのだろう。

 その考え方とは今も相いれない。だが、被爆地からの反発も承知の上で発言したのなら、政治家の覚悟として受け止めるしかない。そう思いつつ、部屋を後にした。

 岸田派(宏池会)が今春まとめた政策骨子がある。「トップダウンからボトムアップへ」「個性・多様性を尊重する社会へ」。掲げられた言葉は、明らかに安倍政権との違いを出そうとしていた。派閥のリーダーとして期するものがあったはずだ。

 あの2人きりの時の言葉がよみがえる。「安倍1強」と言われる中、どう政治を動かすか。総裁選の「不戦敗」は、自ら示した政策実現のための決断であってほしい。政治家としての言動に今後一層注目する。

(2018年8月18日朝刊掲載)

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