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社説・コラム

核禁条約発効 歩み着実 署名開始1年 赤十字国際委 ダーラム局長に聞く

今ある危険の除去へ努力

 核兵器禁止条約の署名開始から20日で1年。発効条件の「50カ国の批准」には達していないが、核兵器を持ってはならない非人道兵器とする認識は共有され始めている。条約実現で存在感を発揮したのが赤十字国際委員会(ICRC、本部スイス)。武器貿易条約の締約国会議(東京)出席のため来日し、広島を訪れた国際法・政策局長のヘレン・ダーラム氏に現状と課題を聞いた。(金崎由美)

  ―「国際人道法の守護者」とも言われるICRCは核兵器禁止条約をどう評価しているのでしょうか。
 核兵器は国際人道法と相いれず、使用されればICRCとしても肝心の人道活動はできなくなる。そのような兵器を全面禁止する意義は非常に大きい。核兵器廃絶は切迫感を持って取り組むべき課題、ということも明確になった。

既存の条約を補完

  ―以前から最悪の大量破壊兵器である核兵器は国際法違反だと指摘されてきました。既存の法体系では不十分だったのですか。
 国際人道法は、軍事攻撃における「市民と戦闘員の区別」などを掲げる。1996年に国際司法裁判所(ICJ)は、留保付きながら「核兵器の威嚇や使用は国際法、特に国際人道法に一般的に違反する」と勧告的意見を出した。核拡散防止条約(NPT)も軍縮義務を定める。そこに、核兵器を名指しして、開発や保有も含め禁止する条約が加わった。既存の条約や法の原則を補完し、明確性をもたらした。よい法律が増えることは望ましい。

  ―被爆地では条約の早期発効を願う声が聞かれますが、核保有国は背を向けています。足踏みしているとみていますか。
 署名と批准のペースは、実はかなり良好だ。兵器規制に関する条約は通常、発効に何年もかかるのだから。保有国が率先して署名しなければだめ、ということでもない。今すべきは、署名開放1年という節目を盛り上げ、各国に働き掛けること。その意味でも市民の力はますます重要だ。

  ―日本も米国の「核の傘」にしがみつき、条約に後ろ向きです。
 日本の個別状況を議論するだけの情報を持ち合わせていないが、国ごとに事情はあるだろう。国際法と政治は別物だ、とはいかないのも現実だ。

 条約参加を政府に求めると同時に、今ある核の危険を除去する取り組みも不可欠だ。数千発の核兵器をわずか数分で発射できるという危険極まりない態勢の解除や、核兵器の先制不使用政策について、積極的に賛同するよう求めることも大切。そういった努力の積み重ねは、廃絶への貢献であり、条約署名に向けた環境整備にもなる。もちろん、被爆の惨禍の記憶を世界と共有することも。この点では政府、広島、長崎両市、被爆者と市民がそれぞれ全力を注いでくれている。

どの政府とも接触

  ―この条約における現在のICRCの役割は。
 まずは条約批准を目指す国の支援がメインとなる。例えば、禁止条約と整合性がとれるよう国内法を整備する作業だ。

 条約交渉や署名は外交官の仕事だが、批准は議会の同意を必要とする国が多い。国内課題へとシフトする。政府が議員に対して、条約の内容や、政策課題として優先すべきであるということを説明しなければならない。そのための情報提供や助言もある。

  ―世界のほとんどの国が集まるNPT再検討会議が20年にあります。非核保有国と保有国とのさらなる対立が懸念されています。
 NPTは必要不可欠な条約だ。禁止条約は、NPT6条の軍縮義務を強化するもの。NPTを骨抜きにするのは禁止条約との競合ではなく、核軍縮が進んでいないという実態だ。

 再検討会議でのICRCの役割は、政府とも市民団体とも違う。どの政府代表とも接触し、共有すべき価値について説いていかなければならない。意見を異にする国々の橋渡し役に近いと思う。これからも、全ての国に対して核兵器禁止条約への参加を等しく求めていく。

ヘレン・ダーラム
 68年生まれ。オーストラリア出身。メルボルン大で博士号(国際人道法、国際刑事法)。オーストラリア赤十字社、メルボルン大法科大学院上級フェロー、ICRCオーストラリア事務所長などを経て14年現職。

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人道 運動にうねり生む

 赤十字と広島は、原爆が投下された1945年当時から縁がある。

 同年9月、ICRCの駐日首席代表で医師のマルセル・ジュノー博士が15トンの医薬品を携え広島入り。負傷者であふれる広島赤十字病院(現広島赤十字・原爆病院)などを訪れた。「広島の恩人」と呼ばれる。

 改めて「赤十字」が注目を集めたのは2010年4月。ケレンベルガー総裁が声明を発表し、核兵器のいかなる使用も国際人道法と合致せず、ICRCの任務である人道援助も不可能になる、と指摘。ICRCが45年9月には「原子兵器の使用禁止協定」を求める文書を作成したことや、各国の赤十字・赤新月社が集まる国際会議でも48年から核兵器を含む大量破壊兵器の禁止を求めていたことに触れながら、核兵器の法的禁止と完全廃棄を求めた。

 中立的で普遍性を持つ人道組織の動きを、軍縮に熱心な非核保有国や、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))などの非政府組織(NGO)、被爆者は歓迎した。「非人道兵器ゆえに」というアプローチは、核兵器禁止条約を求める長年の運動に新たなうねりをもたらし、昨年7月の条約成立につながっていった。

 条約の前文は「被爆者」などと並びICRCが果たした「努力を認識」すると明記。第7条は、国連とともにICRCや各国の赤十字社が、核兵器使用や実験による被害を巡る国際協力や支援で役割を担うとしている。

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国際人道法
 紛争で使われる手段や方法を制限し、被害者を守るための条約や規則。1907年のハーグ陸戦条約、49年のジュネーブ諸条約や同条約議定書などがある。紛争地で人道活動をするICRCの役割や権限も明記している。

 国際人道法には、武力行使に至る場合でも市民や民間施設を攻撃目標にしてはならないとする「軍事目標主義」など、数々の原則がある。軍事目標への攻撃でも、市民を巻き添えにして甚大な被害を与えることは禁止。国際人道法違反の行為は「戦争犯罪」となる。だが実際に裁かれることは少なく課題も多い。

(2018年9月17日朝刊掲載)

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