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社説・コラム

天風録 『巣鴨プリズンの鉄扉』

 愛する息子らに遺書をしたためた。<父は何故(なぜ)死んでゆかねばならないか>。終戦から5年目の春、筆を執ったのは旧海軍の一等兵曹である。連合国が東京に設けた日本人戦犯の収容施設、通称「巣鴨プリズン」に置かれていた▲沖縄での米兵捕虜殺しに加担した罪で裁かれた。巣鴨の戦犯らが残した文を検証した作家上坂冬子は、上官の命に逆らえない戦場の狂気に目を向ける。<戦争さへなかつたら>と一等兵曹が最期につづった言葉は重い▲当時を思い起こさせる遺物が、法務省で人知れず保管されていたことが分かった。巣鴨の刑場につながっていた「13号鉄扉」で、A級戦犯の東条英機らがくぐった▲跡地の再開発業者から三十数年前に受け取りながら、法務省は何かと条件を付けてお蔵入りさせてきた。戦後70年が過ぎ、記憶の風化が叫ばれる。物言わぬ証言者の「扉」を今こそオープンにすべきで、かの一等兵曹の文もぜひとも展示してほしい▲<戦争絶対反対>と叫び<世界永遠の平和>に貢献せよ―。ひときわ大きな文字で愛息に求めている。家族同様の親密な関係を<他の国にも及ぼしてゆかねば平和建設は出来(でき)ない>との訴えは私たちの胸にも響く。

(2018年10月15日朝刊掲載)

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