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ろう者の被爆 手話で聞き継ぐ 広島の「伝承者の会」 担い手育成に力

表情やしぐさも含め表現

 被爆者の中には生まれつき耳が聞こえなかったり、幼少期に聴力を失ったりした人たちがいる。戦後もさまざまな苦労に直面してきた。高齢化に伴い、ろう者の被爆体験が埋もれる恐れがある。広島の有志がその記憶を手話で聞き取り、伝える取り組みを本格化させた。(山本祐司)

 NPO法人の広島県手話通訳問題研究会と、広島市ろうあ協会が「手話で語り継ぐ被爆体験伝承者の会」をつくったのは2016年。被爆ろう者の思いを次世代の聴覚障害者に継承するのが主な目的だ。

 ろう者の被爆体験は、これまでは同研究会の仲川文江さん(78)=南区=が中心となって伝えてきた。聞き書きした証言集「生きて愛して」(1989年刊)など文章で残すか、証言の場で手話通訳してきた。しかし証言者が亡くなるか、高齢のために出向けないことも多くなってきた。

 このため会では、原爆を体験していない世代が代わりに伝える「伝承役」として2人を育成した。

 その一人が、同研究会の山口みゆきさん(56)=廿日市市。耳が聞こえ、手話通訳士でもある。叔母が原爆の犠牲になり、原爆資料館のピースボランティアも務める。耳の不自由な若者を案内するうち、同じ境遇の先輩たちの被爆体験を伝えたいと考えるようになり、会の活動に参加。17歳で被爆した村田ヨシエさんの体験を継ぐため、東区の自宅へ何度も通った。

 原爆の音が聞こえず「何が起きたか分からなかった」という感覚や焼け野原を逃げた怖さ―。手話を単にまねるだけでは伝わらないため、表情やしぐさも学んで表現した。昨年夏に初めて本人になりきった証言を発表した映像を見せると涙を流して喜んだという。「しっかり伝えてね」。その言葉を残し、村田さんは今年1月、89歳で亡くなった。「平和を願った生き方も含めて村田さんの言葉で伝えたい」と山口さんは話す。

 もう一人は、同協会で女性部長を務める蔵本幸子さん(55)=広島市安芸区。2歳で失聴した蔵本さんは高校時代、原爆に遭ったろう者の体験を手話を通じて学び、演劇で被爆者役を演じたことがある。戦後に受けた差別などの話に、小さい頃にいじめられて家に引きこもった自分と重なったという。

 蔵本さんが体験を継ぐのは7歳で被爆した東京在住のろう者、中田俊久さん。本人が手話で証言する映像を何度も見直し、実際に会った時も思い出して苦しい表情を浮かべられるよう練習した。「世界中から核兵器がなくなってほしい」との願いを込めて。

 この2人を含め、計13人が会に所属する。ほかのメンバーは入市被爆したろう者の伝承も目指す。会を立ち上げた一人で、同研究会の大越京子さん(62)=廿日市市=は「伝承には時間がかかるのも現実だが、広島を訪れたろう者の皆さんに伝える態勢を整えたい」と話している。

(2018年10月15日朝刊掲載)

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