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社説・コラム

『潮流』 次代への連鎖

■論説委員 森田裕美

 あなたは何をしてくれるんだ―。15年前、訪れたイラクの病院で女性から浴びせられたという。広島で反核平和運動を続ける森滝春子さん(79)から聞いた。女性の傍らには瀕死(ひんし)の子。被爆地からのお見舞いは突き返され、この子を元に戻してくれと詰め寄られたそうだ。「戦争を止めることができなかった一人として胸がえぐられるようだった」とも振り返っていた。

 「戦争」とは、2003年に始まったイラク戦争のことだ。世界中の反対を押し切り、米英軍は大量破壊兵器保有を大義名分に空爆に踏み切った。放射能兵器ともいわれる劣化ウラン(DU)弾が使われ、多くの市民が犠牲になった。

 歳月とともに関心が薄れる中、今も苦しむイラクの人たちの声に耳を傾け、思いを寄せる。DUを含め、あらゆる核を禁止しようと、森滝さんは病を押して闘い続けている。

 仰ぐのは父の背中だ。被爆者として原水爆禁止運動の先頭に立った市郎氏(1901~94年)である。父もまた国内外の核被害者と心を通わせ、「核と人類は共存できない」と核権力に対峙(たいじ)し続けた。そんな父を継ぐ娘の活動に先日、谷本清平和賞が贈られた。

 授賞式のスピーチで森滝さんは、世の不条理を解決するために努力している若者たちを「希望」だと繰り返し語っていた。そして父の言葉を紹介し、託した。

 <精神的原子の連鎖反応が/物質的原子の連鎖反応に/かたねばならぬ>

 ふと会場を見渡せば、森滝さんに共鳴して授賞式に駆け付けた若い世代たちが聞き入っている。

 これまで「精神的原子の連鎖反応」とは、被爆体験に根ざした反核思想への共感が横へ広がることだと解釈してきた。でもそればかりではないらしい。親から子へ、さらに次世代へ。私もそんな連鎖反応を引き起こす一人でありたい。

(2018年11月17日朝刊掲載)

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