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社説・コラム

社説 ローマ法王 被爆地へ 核兵器廃絶の追い風に

 38年ぶりの被爆地訪問は、国際社会にどのような影響を与えるのだろうか。

 ローマ法王フランシスコが、来年の終わりごろに来日し、広島と長崎を訪れる意向を示した。法王の訪問は、1981年2月のヨハネ・パウロ2世以来となる。

 かねて核兵器廃絶の必要性を訴える発言を繰り返していた。法王就任から5年たち、アジアではカトリックの影響が強いフィリピンや韓国を既に歴訪している。来日はいつになるのかと、しびれを切らしていた人もいたのではないか。

 十数億人の信者にとどまらず、国際政治にも一定の影響力を持つ。被爆地も共に、核兵器廃絶の機運を盛り上げたい。

 ヨハネ・パウロ2世による広島市の平和記念公園でのスピーチは、今も語り継がれている。原爆慰霊碑を背に「戦争は人間のしわざです」と日本語で語り掛け、「ヒロシマを考えることは、平和に対しての責任を取ることです」とも強調した。

 海外の要人による被爆地訪問が、今ほど多くなかった時代である。インパクトは大きく、その後に各国の要人の来訪を促す呼び水になったと言えよう。

 法王フランシスコも、被爆地に強い関心を持ち続けている。

 就任した5年前には、世界各地で戦争が起きている現状を憂い、広島や長崎の被爆の歴史から「人類は何も学んでいない」と嘆いた。ことしも原爆投下後の長崎で撮影された少年の写真を関係者に配った。核兵器による悲劇を繰り返してはならないという思いがあるのだろうか。

 法王は就任後、紛争地も含めて積極的に外遊してきた。米国とキューバの歴史的な国交回復を仲介し、50年にわたる内戦が終結したコロンビアでは国民に和解と結束を呼び掛けた。

 一方で、大国に妥協する政治的な一面もある。法王が持つ司教の任命権を布教を優先する形で中国政府に譲った結果、政府非公認の信者が弾圧されている現実は無視できない。

 被爆地はこれまで法王の来日を粘り強く働き掛けてきた。広島や長崎の知事や市長がバチカンを訪れ、直接要請した。昨年11月の被爆者との面会も、法王の背中を押したように思える。ことし長崎市の大浦天主堂など「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が、世界文化遺産に登録されたことがプラスに働いたとみる向きもある。

 平和記念公園からのスピーチは再び実現するだろうか。2年前に訪れたオバマ米大統領(当時)のスピーチは、広島、長崎を核戦争の夜明けではなく「道徳的な目覚めの始まり」と位置付けた。核兵器のない世界への思いをにじませていたが、格調を重んじ、プロのライターが練り上げた印象も否めなかった。

 法王フランシスコは用意した原稿を読まず、その場で思いつくままに語ることで知られている。ストレートな言葉が紡がれ、ヨハネ・パウロ2世のスピーチのように宗派を超えて共感が広がることを望む。

 日本政府へのメッセージにも期待したい。核兵器の悲惨さを知りながら米国の差し出す核の傘に頼り、核兵器禁止条約に加わろうとしない、この国の矛盾をどう見るだろうか。被爆者の思いを顧みない政治家たちを、その言葉で諭してもらいたい。

(2018年12月19日朝刊掲載)

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