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社説・コラム

『私の学び』 放射線影響研究所 主席研究員 エリック・グラントさん

技術者から疫学の道へ

 放射線影響研究所(放影研、広島市南区)で被爆者の長期的な健康影響の調査に携わってきた。最近では、放射線被曝(ひばく)が女性ホルモン「エストロゲン」の一種を増やし、閉経後の乳がんリスクを増加させるかもしれない、という研究結果を発表した。

 集団を対象に病気の原因などを解析する「疫学」が専門だが、生まれ育った米国の大学での学部専攻は、物理学と電子工学。フォードに勤めるエンジニアの家庭で育ち、技術者への道は自然だった。

 マツダとの合弁事業で父が広島に赴任した1985年から、時折広島を訪れたことが人生を変えた。妻となる瑞穂(51)と出会い、結婚した。

 ミシガン大医療センターで臨床データベースの構築を担当していたが、義母が病を患った97年、「そばにいよう」と転職を決めた。幸いにも「放影研」の職を得た。実は初めて聞く名前だった。

 再びの転機は、「技術者」というだけでなく「科学者」としてのキャリアアップを志した43歳の時。休職し、妻と2人の子を連れて米国の大学院へ戻った。20代の学生に交じって2年間、疫学を懸命に勉強した。復職後、被爆者のぼうこうがんリスクに関する論文で博士号を取得したのは、50歳の誕生日だった。

 一本道ではなかったが、コンピュータープログラムや医学データの扱いなどの分野を横断する知識は、疫学調査はもちろん、多様なデータと試料を統合的に管理する「研究資源センター」の設置を進める上でも役立っている。「成人健康調査」で得た健診データと血液などの生物試料、死因を追跡する「寿命調査」の記録などは世界無比と言われる。原爆被害の現実と、被爆者の協力の蓄積ゆえである。

 放影研は米国が47年に設立した原爆傷害調査委員会(ABCC)が前身。歴史的経緯と、複雑な被爆者感情への理解が欠かせない。国立広島原爆死没者追悼平和祈念館を時折訪れて、被爆体験記の英訳を読む。あくまで科学的調査で得た結果を示すのが私たちの役割だが、データの数字の向こうに一人一人の人間がいることを忘れてはならない。

 被爆の影響を探る研究は将来も続く。社会に役立ててほしい、と被爆者から託された思いに応え、責務を果たしたい。(聞き手は金崎由美)

 ミシガン州アナーバー生まれ。アルビオン・カレッジ、ミシガン大卒。ハートフォード大学院センターで修士号(生物工学)、ワシントン大で博士号取得(疫学)。放影研疫学部研究員、疫学部副部長などを経て2016年から現職。

(2019年2月18日朝刊掲載)

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