×

社説・コラム

社説 露のクリミア編入5年

戦後秩序を揺るがすな

 ロシアがウクライナ南部クリミア半島を強制編入して5年になる。さかのぼれば編入から1年の節目で、プーチン大統領は何を語っていたか。前年のウクライナ政変に際して、核兵器を使用する「準備ができていた」と平然と口にしている。

 脅しだったのかもしれない。しかし、欧米へのけん制もさることながら、今なお核大国であることを国内に誇示し、旧ソ連諸国のロシア系住民の結束を図る思惑が見え隠れする。

 軍事力により他国の領土をわがものにすることを許せば、国際秩序は崩壊してしまう。2度の世界大戦から得た教訓でもあったはずだ。「クリミア後」の世界が「新冷戦」の様相を深めていることを憂慮する。

 一方でウクライナ東部では今なお親ロシア派組織とウクライナ政府軍がにらみ合う。米欧や日本は武力による国境線の変更を理由にロシアへ制裁を科したが、決め手に欠ける。ロシアとの関係を問う今月末のウクライナ大統領選を機に、国際社会は事態打開へ知恵を絞り、直ちに行動に移すべきだろう。

 ウクライナの分断は、この国だけの悲劇ではない。当時の主要国首脳会議(G8)はクリミア編入を理由に、民主主義と自由経済を絆とする連帯の枠組みからロシアを追放し、ロシアは中国と結束を強めた。米欧と中ロによる新たな東西対立の構図が、鮮明となったのだ。

 その結果、北大西洋条約機構(NATO)とロシアとの軍事的緊張が高まった。米ロが中距離核戦力(INF)廃棄条約の破棄を宣言したことも、その延長線上にあるのは間違いない。被爆地広島としても看過できない危機が迫っていよう。

 プーチン氏はクリミア編入について、ロシア系住民が投票で意思を示した結果であり、武力は使わなかったと主張している。しかし、現地にロシア軍を投入して基地などを封鎖し、ウクライナ側の行動を封じ込めたのは紛れもない事実だ。

 ロシアはクリミアを編入したが、ウクライナ東部については不安定なままにしている。国内を掌握できないウクライナはNATOには加盟できない。つまりNATOの接近を嫌うロシアはウクライナを巨大な緩衝地帯とする腹づもりだろう。

 だが、クリミア編入直後には大いに支持したロシア国民も、最近は熱が冷めてきたという。海峡への巨大架橋や国際空港新ターミナルなど、クリミアのインフラに多額の国家予算を充ててきたが、そのことがロシア国民の反発を招いている。

 支持率に貢献しないとなれば、クリミアへの投資もトーンダウンするに違いない。

 ウクライナ側では、クリミアの要塞(ようさい)化によって黒海沿岸のウクライナの都市が脅威にさらされるとの懸念も生まれているという。インフラ投資と要塞化は裏腹であり、それがまた、米欧との緊張を高めることになるはずで、由々しきことだ。

 一方でロシアはこのところ日米関係により敏感になり、在日米軍の脅威をことさら強調している。このことが、北方領土問題の解決を目指す日本の対ロシア交渉にも影を落としている。それでも日本は国際社会と歩調を合わせ、ロシアのクリミア編入に異を唱え続けなければならないのではないか。

(2019年3月22日朝刊掲載)

年別アーカイブ