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社説・コラム

天風録 『ドームの心描いた絵』

 きょうも内外の観光客が立ち尽くし見上げることだろう。広島市にある世界遺産原爆ドームを。数年前までは近くで絵筆を走らせる一人の被爆者の姿があったものだが、もう見られない。画家の原広司さんが旅立った▲30年以上にわたり、3300枚を超す水彩画を描いた。凍える雪の日も、あの日と同じ空の青い日も。餌をついばむハトやキョウチクトウの花、川面を流れる灯籠などが描き込まれ、ドームはさまざまな表情を見せる▲元安川で水をくみ、絵の具を溶いていた。多くの被爆者が水を求めて入り、息絶えた川である。「どぎつい色は使えん」。本紙の取材にそう語っていた。作品はどれも軽やかな淡い色をしている。熱線に焼かれたれんがまでも▲おととしドームが見える本川小に「最後」の作品を寄贈していた。体調を崩しながらも気力を振り絞り、自宅で仕上げた油絵。やはり優しいピンクや水色をしている。原さんの願う平和のイメージを児童たちの感性がしっかり受け止めることだろう▲被爆60年の節目に出された画集には、作品や核兵器廃絶への思いのほか、原さんの決意が見える。ドームの心を描きます、と。世界遺産とともに大切に伝えねば。

(2019年4月18日朝刊掲載)

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