×

社説・コラム

社説 イラン核合意の行方 中東の緊張を高めるな

 米国が強める圧力に対して、ついに我慢できなくなったということだろうか。イランが核合意の履行を一部停止する方針を表明した。米国は中東に原子力空母などを派遣して軍事的な圧力をさらに強める構えだ。

 中東情勢は緊迫の度合いを高めている。断じて軍事衝突に発展させてはならない。

 「核合意から離脱する考えはない」。イランのロウハニ大統領はこう強調している。欧州などへ、米国との仲介を求める狙いとしても、核合意を揺るがす要求は到底容認できない。

 穏健派のロウハニ大統領は国内的に苦しい立場にある。

 2015年に米欧など6カ国と核合意に達し、対外融和を進めてきた。しかし1年前、トランプ米政権が一方的に合意から離脱すると、イラン経済を支える原油の輸出が落ち込み、通貨暴落、物価高騰、失業率増の三重苦にあえぐ。

 60日以内に制裁の緩和が進まなければウラン濃縮を開始すると警告もしている。もはや国民の不満に加え、核合意離脱を求める対外強硬派をこれ以上は抑えられなくなったのだろう。

 そもそも米国の核合意離脱は、主要先進国との隔たりも浮き彫りにした。英国やフランス、ドイツはイランとの貿易継続のために新決済システムを設けるなど、核合意の継続に努力してきた。

 イランも国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れ、合意が定める義務を守ってきた。

 にもかかわらずトランプ米政権は手を緩めようとしていない。イランの内部から体制転換を図る狙いとの見方もある。米側には「もう一押し」との思いがあるのかもしれない。しかし、実際には穏健派の力をそぎ、強硬派の台頭を招いているだけではないか。

 むしろ米政権の露骨なイスラエル寄りの姿勢が、中東情勢を不安定化させているのは間違いない。一昨年末、歴代政権の中東政策から抜本的に転換し、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地であるエルサレムをイスラエルの首都と認定した。

 さらに在イスラエル米大使館をエルサレムに移転し、ゴラン高原の主権さえ認めた。

 来年の米大統領選のために、米国内のキリスト教福音派や右派のユダヤ人の支持を固めるための動きとみられる。政権維持のために中東の和平が脅かされるようなことは許されまい。

 ことし4月にはイラン軍の精鋭部隊を「外国テロ組織」に指定した。イスラエルの総選挙の前日だった。米国の後押しを受け、政権を維持したネタニヤフ首相が、最大の脅威とみているのがイランの核武装である。だが、事実上の核保有国であり、その力が周辺に脅威を与えていることも自覚すべきだ。

 原子力空母の派遣を決めた米軍は、イラクに5千人が駐留している。イランは原油輸送の大動脈であるホルムズ海峡封鎖をちらつかせている。

 すでに日本も今月からイラン原油の輸入が止まった。軍事衝突に発展しないまでも、中東に混乱が生じれば、さらに影響が広がる。イランが核合意をほごにすれば、サウジアラビアなども核武装に動き出しかねない。

 日本はこのまま核合意の支持を貫き、欧州などと連携し、米国を説得すべきだ。

(2019年5月10日朝刊掲載)

年別アーカイブ