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連載・特集

緑地帯 菊池智子 インド平和日記 <1>

 インドが好きだ。福島の女子高校生だった頃、目にする耳にするインドはどれもこれも美しかった。風の宮殿ハワーマハル、民族衣装サリー、弦楽器シタール。美しさに魅了された私は、愛の霊廟(れいびょう)タージマハルの都アグラに留学した。

 地方都市での生活は、純白なタージマハルとは裏腹に美しいことばかりではなかった。女性であることを突き付けられる毎日。女性でさえなければ遭わないはずの出来事。「第二の性」とは何か、マイノリティーとは何かを1990年代のインドで思い知った。それから約四半世紀、相変わらず女性という不自由さは感じ続けているが、親日家の多いインド社会で幸せに暮らしている。

 ヒンディー文学(北インドの文学)博士課程を修了し、丸木俊の絵本「ひろしまのピカ」のヒンディー語訳出版を目指していた頃、東日本大震災が起こった。私は遠いインドから福島の家族の無事を祈ることしかできなかった。大切な人を今にも失うかもしれない不安に直面し、本当の幸せは日常にあると気づいた。

 一時帰国のたびに、日本の生活は便利で快適にグレードアップしていて驚く。満喫しながらも、本当に必要なのだろうか、引き換えに失うものはないだろうかと考え込んでしまう。日本からインドに来たとき、私の生活水準はかなり下がった。それでも人間は慣れる生き物で、どんな場所や環境でも必ず幸せを見つけることができる。(きくち・ともこ 翻訳家=ニューデリー)

(2019年5月24日朝刊掲載)

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