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連載・特集

緑地帯 菊池智子 インド平和日記 <2>

 ヒンディー文学博士課程在学中に娘が2人生まれた。私の世界は大きく広がり、戦争に反対する強い心を子どもたちに持ってほしいと願うようになった。

 インドの子どもたちに紹介するなら絵本「ひろしまのピカ」しかない。しかし当時は翻訳の経験もなく、出版社の伝手(つて)もコネもなかった。ただ届けたいという思いだけで、インドの国立大手出版社に飛び込んだ。編集者には会えたものの、事はなかなか進まない。

 1年半が過ぎ、なかば翻訳を諦めかけていた頃、東日本大震災が起こった。世界中の目が福島の原子力発電所に集まった。そして突然出版社から連絡が入り、「ひろしまのピカ」ヒンディー語訳を出版することができた。

 しかし、発刊した本が自動的に読んでほしい人に届くわけではない。私は平和教育プログラムを企画してはどうかと考え、また面識もないのにニューデリーの国際交流基金にアポを取った。ありがたいことに同基金は協力してくださり、ヒンディー語版「ひろしまのピカ」の朗読会や「原爆の図」複製画展にたくさんの生徒たちを招くことができた。

 平和アニメ「つるにのって」のヒンディー語吹き替えも手掛けた。吹き替え作業では、子どもの声優が役を忘れるほどアニメに見入ってしまい、その後は質問もたくさん飛び出した。業者もインド全土の学校で上映するべきだと熱弁するほどの入れ込み様だった。

 平和教育の企画はいつも送り手と受け手双方の心に響く素晴らしい文化交流の場となる。(翻訳家=ニューデリー)

(2019年5月25日朝刊掲載)

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