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連載・特集

緑地帯 菊池智子 インド平和日記 <4>

 インド人は日本人ほど本を読まない。ヒンディー語に訳した絵本「ひろしまのピカ」や漫画「夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国」も簡単には読者まで届かない。

 平和のメッセージを子どもたちに届けたいのならば、発刊後の活動も大切になる。絵本は朗読できるが、漫画はそうはいかない。そこで、漫画の朗読劇を若者や一般向けに開催することにした。

 漫画は個人で楽しむものなので、日本なら大人数で観賞する朗読劇など歓迎されないだろう。しかしインドにおいては漫画の読み方やこまの進み方をよく知らない人も多い。せりふとイラストを同時にとらえ読み進むのも難しい。その上、「夕凪の街 桜の国」ヒンディー語版は原版と同じく右とじなので、左とじの本に慣れているインド人にとっては、逆から読む感覚になり混乱する。

 これらの要素を考えると、耳からせりふが入り、手元に配られた漫画のイラストを目で追うだけの朗読劇は、インド人には大歓迎なのだ。

 今回の朗読劇の上演では、観客は終始、役者ではなく手元の漫画を見てくれていた。観客ばかりでなく役者にとってもかなり珍しい舞台だが、数回の上演に参加した200人以上のうち、役者の方を見ている人や、途中で飽きてしまう人、なんだか分からないと当惑した様子の人はひとりもいなかった。

 朗読劇が原爆や平和について考えるきっかけになることはもちろん、今度は家族や友人にそれを語り伝える側になってもらえたら、平和教育企画の本当の成功だ。(翻訳家=ニューデリー)

(2019年5月29日朝刊掲載)

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