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連載・特集

緑地帯 菊池智子 インド平和日記 <8>

 写真絵本「さがしています」の作者アーサー・ビナードさんがインドにやってきた。マイクひとつでイベント会場を歩きまわりながら、分かりやすく、興味深く子どもたちをぐんぐん惹(ひ)きつけていく姿が圧巻だった。

 終了後は、どの会場でも大興奮の子どもたちの大きな輪がアーサーさんを囲む。時間も忘れ次々と質問する子どもたち一人一人に丁寧に答え続ける。先生たちはめったにないチャンスと興味津々で見守り、関係者は次の予定に遅れないかとヒヤヒヤしていた。

 目の前の一人との今の時間を大切にするアーサーさん。「きのこ雲をみた爆心地の人は誰もいないんだよ。きのこ雲の下にいた人に見えたのは闇と煙と火」との言葉が忘れられない。伝えるべきは、画やデータではない。一人の人間がどんな目にあったのかをとことん想像することだ。

 ロケンドラ・トリヴェディ氏はインドの著名な演劇家。「さがしています」に感銘を受け、ヒンディー語の舞台を創り上げた。同氏の劇団は通常の演劇活動以外に経済的に恵まれない子どもたちをサポートする演劇教育も施している。

 氏の舞台では、原爆とインドの有毒ガス流出事故がつながり、原爆犠牲者を追悼するモディ首相のメッセージも流れた。くしくも公演日前後はインド・パキスタンが緊張状態となり、皆が改めて平和について考え始めていた。時空を超えた思いが重なり、「さがしています」の心は日本だけでなく、言葉や文化、国の違いを超えて世界に届く。改めて原作の力強さを実感した。(翻訳家=ニューデリー)=おわり

(2019年6月4日朝刊掲載)

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