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[インサイド] 8・6デモ規制 是か非か

 広島市は8月6日に平和記念公園(中区)で開く平和記念式典の静粛を確保するため、デモの拡声器の音を規制する条例の検討を始める。昨年12月に実施した市民アンケートで約69%が条例で規制するべきだと回答したことを受け、被爆75年となる来年の式典での実施を視野に入れる。しかし、デモ団体や被爆者団体は憲法が保障する表現の自由を制限すると懸念の声を上げる。市民の幅広い議論が求められる中、経緯と論点を整理した。(永山啓一)

■経緯

慰霊の式典 響く拡声器

 反戦・反核などを訴える複数の団体が例年、原爆ドームの周辺で集会やデモを実施。拡声器の声が式典会場にも響いている。

 「8・6ヒロシマ大行動実行委員会」は毎回300~400人が集まり、午前8時15分の黙とうの時間を除き、現政権への抗議の声などを上げているという。大江照己共同代表は「改憲で戦争ができる国にしようとする安倍首相に被爆地から抗議するのは当然。デモは首相に声を届ける正当な行為だ」と主張する。

 現状に対して、市は「原爆死没者を慰霊し、世界恒久平和を祈念する式典の目的を損ないかねない」と問題視。2014年から拡声器の音量を下げるよう団体に口頭で要請しているが、聞き入れられていない。

 規制の検討は、昨年9月の市議会一般質問で式典の静粛の確保が取り上げられたのがきっかけ。市は日常生活を脅かす拡声器の使用を規制した広島県暴騒音条例の適用などを探った。

 ただ、この条例は右翼団体の街宣車の音を想定。県議会が1993年に条例案を可決する際「憲法で保障された基本的人権を最大限尊重し、市民運動に伴う拡声器の使用は対象にならない」との付帯決議をしており、市は適用は困難と判断した。国会議事堂や外国公館の周辺などでの大音量を禁じた静穏保持法の適用も検討したが、国から「対象外」と指摘されたという。

■慎重論

「表現の自由制限」の声

 市が今月24日に市民アンケートを公表した際、主な被爆者団体への聞き取り結果も示した。このうち県被団協(坪井直理事長)や、もう一つの県被団協(佐久間邦彦理事長)など4団体は「条例は表現の自由の制限につながる」として、反対姿勢を示している。

 市民活動推進課の山根孝幸課長は「表現の自由は重要だが、式典の目的を達成する公共の福祉との関係で制約を受ける」と強調。時間や場所を限定した拡声器の音量規制は憲法上も可能だとの見方を示す。

 広島市立大広島平和研究所の河上暁弘准教授(憲法学)は「表現の内容に関わりのない、表現行為の時間や場所、方法などを条例で規制することは憲法上認められる余地がある」とした上で「他者の人権に被害を及ぼすなど差し迫った状況で、ほかに手段がない場合に限られるべきだ」と慎重な検討を求めている。

 24日の市議会総務委員会ではアンケートの内容にも疑問の声が上がった。委員の一人は「デモがうるさいかどうかだけでは、規制の根拠にはならない」と批判。市が今年の式典参列者にもアンケートをするのを前に、主観に左右されない尋ね方を求めた。

 ほかの自治体はどう対応しているのか―。沖縄県によると、毎年6月23日に沖縄県糸満市である沖縄全戦没者追悼式でも、会場内から米軍基地問題などを巡って現政権を批判するやじが上がるという。ただ、主催する県は職員による注意で対応できているとして「静粛な環境が望ましいが、条例での規制は考えていない」とする。8月9日に原爆犠牲者慰霊平和祈念式典を開く長崎市は「会場は高台の上にある。麓でデモはあるが、式典への影響はない」と静観している。

<8・6デモを規制する条例の検討を巡る主な論点>

批判・懸念の声              広島市の見解

平和記念式典会場周辺でのデモは直接、   式典会場にデモの音が響く現状は原爆 首相に声を届ける正当な行為だ       死没者を慰霊し、世界恒久平和を祈念                      する式典の目的を損ないかねない

条例での規制は、憲法が保障する表現の   表現内容を規制するつもりはない。時 自由の制限になる             間、場所を限定した拡声器の音量制限                      は憲法上も可能と考えている

新たに条例を制定しなくても、現行法で   静穏保持法や県暴騒音条例による拡声 対応できるのではないか          器の使用制限を検討したが、適用でき                      ないと判断した

デモの音が「うるさい」かどうかを尋ね   今年の式典参列者を対象にあらためて た市民アンケートでは、条例を制定する   アンケートを実施する。質問内容は今 根拠として弱いのではないか        後検討する

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市民の協力求める決議 広島市議会が初

 広島市議会は25日、毎年8月6日に平和記念公園(中区)である平和記念式典が厳粛な環境の中で行われるよう市民の協力を求める初の決議案を全会一致で可決した。市が会場周辺で行われるデモの拡声器の音を規制する条例の制定を視野に、対策を検討する方針を示したことを受けた。

 決議は平和記念式典は原爆死没者の霊を慰め、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現を祈念する式典であるとし、「世界中が注目する式典が厳粛な雰囲気の中で挙行されるよう全ての人に協力を求める」としている。

 条例による規制に反対姿勢の共産党も賛成した。全会派に賛同を呼び掛けた自民党保守クラブの三宅正明幹事長(安芸区)は「議会内にはさまざまな意見があるが、原爆犠牲者のため静かに冥福を祈りたい思いは一致しているという姿勢を示した」と意義を強調した。

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平和記念式典に関する広島市のアンケート
 市が昨年12月、無作為抽出した18歳以上の市民3千人を対象に実施した。「式典中の拡声器の音を放置することは、多くの方の心情を害し、式典の目的を損なう」との市の見解を示した上で静粛な環境を保つ方策などを尋ねた。過去5年に式典に参列、またはテレビなどで視聴したことのある1090人のうち、デモ団体の拡声器の音を「うるさいと感じた」としたのは60・3%。「条例を定めて規制するべきだ」との回答は69・1%だった。

(2019年6月26日朝刊掲載)

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