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核禁条約署名 直言を 広島市平和宣言 被爆者団体異例の要望

市長が消極姿勢 運動の一体感「損なう」

 広島市長が8月6日に平和記念式典で読み上げる平和宣言を巡り、二つの広島県被団協などの被爆者団体が7月上旬、日本政府などに対して核兵器禁止条約の署名・批准を明確に求めるよう市に要望した。松井一実市長が宣言では被爆者の体験の発信を重視するなどとして、直接的な言及に消極的なことを受けた異例の動きとなった。宣言の内容によっては、核兵器廃絶を目指す市民の運動と市の平和行政との一体感が損なわれると危ぶむ声も上がる。(水川恭輔)

 「平和首長会議として署名・批准を求め、平和宣言で言わないのは理解されない。宣言の中で発してほしいのが共通の思い」。県被団協(坪井直理事長)の前田耕一郎事務局長は4日、ほかの5団体と市に要望書を届けた後、強調した。

 6団体は、禁止条約の署名・批准をすべての国に迫る「ヒバクシャ国際署名」を推進。背を向ける被爆国政府が率先して条約に参加し、核兵器保有国にも促すよう訴える。8月6日に市内である政府要望の席は、別の1団体を含む7団体で署名・批准を求める。2017年7月に条約が採択されて以降、3年連続だ。

首相と対立回避

 松井市長が会長を務める平和首長会議(国内外7772都市が加盟)も同じ趣旨で署名を集める。昨年、外務省に禁止条約締結などを求める要望書を届けた。

 ただ、松井市長は17年と18年の平和宣言で、政府に対して署名・批准を直接的な言葉では求めていない。

 松井市長は二つの立場を「使い分ける」という。市長としての平和宣言は、特定の国への個別政策の注文や批判よりも「被爆者の体験、平和への思いの発信」を重視。思いを広げた次の段階で、市単独ではなく会長を務める首長会議の「みんなで」各国への要望を進める道筋が効果的とする。

 松井市長は、自らの「信条」などと説き、ある市関係者は実務面からも説明する。「国内の100%近い自治体が首長会議に入ったが、主義主張はさまざま」。全国の注目を浴びる式典で安倍晋三首相を目の前に政策的な対立をあらわにすると、一部首長が活動から離れかねないとみる。

 別の関係者は、市長として掲げる「迎える平和」との両立を説く。昨年の式典は日本と同じく禁止条約を拒む保有国などを含む85カ国と欧州連合(EU)の代表が参列。特定国への強い注文や批判ととれる言動は「まずは被爆の実態に触れてほしい保有国などの訪問意欲がそがれる」とみる。

長崎 明確に訴え

 平和宣言は被爆地からの発信の絶好機である。もう一つの被爆地・長崎市をみると、首長会議の副会長を務める田上富久市長の平和宣言は、被爆者や市民の声を踏まえ、日本政府に明確に禁止条約の署名・批准や賛同を求めてきた。同市によると、今年は署名・批准の求めの文言を強める方向という。

 広島市の松井市長も各国の為政者に対し禁止条約を廃絶への「一里塚に」と訴えた昨年の宣言に、政府への批准の求めを含意したとする。しかし、県被団協の箕牧(みまき)智之理事長代行(77)は「はっきり言わんと、『市長からは聞いとらん』になる」。安倍首相が式典に参列すれば、先に聞く宣言が被爆者団体の要望を打ち消してしまうと危ぶむ。

 17年の宣言は核保有国と非保有国との「橋渡し」、18年は「対話と協調」と、政府方針に大筋で沿う求めは直接語られている。もう一つの県被団協の佐久間邦彦理事長(74)は、広島・長崎を原点に、すべての国の核使用や保有を禁じる禁止条約は被爆者の思いの結実と強調。「行政とけんかしたいわけでなく、一緒にやりたい。でも広島の市民を代表して署名と批准を求めなければ、何のための平和宣言なのか」と問う。

 宣言は松井市長が8月6日までに起草する。市平和推進課は「禁止条約への被爆者の思いをどう反映させるかを検討している。要望は市長に伝えた」とする。

<日本政府に対する「8月6日」の要望>

・広島市の松井一実市長の平和宣言

2017年 日本政府には、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達 成することを誓う。」と明記している日本国憲法が掲げる平和主義を体現するためにも、核兵器禁止条約の締結促進を目指して核保有国と非核保有国との橋渡しに本気で取り組んでいただきたい

18年 日本政府には、核兵器禁止条約の発効に向けた流れの中で、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現するためにも、国際社会が核兵器のない世界の実現に向けた対話と協調を進めるよう、その役割を果たしていただきたい

19年 検討中

・「被爆者代表から要望を聞く会」での広島の被爆者7団体の「総意」の要望内容

2017年 日本政府は「核兵器禁止条約交渉会議」に欠席したが条約は被爆者の要求に応え国民多数の願いに沿うものである。日本政府は条約に賛成し、批准に向け努力することを要求する

18年 国連では昨年7月「核兵器禁止条約」が採択されたが、日本政府は反対した。被爆以後、被爆者はこれが発効を切実に願ってきた。日本政府が即刻署名、批准に努力することを要求する

19年 日本政府に核兵器禁止条約の署名・批准を要望する方針

核兵器禁止条約
 核兵器の開発、保有、使用、使用の威嚇などを全面的に禁止する初の国際条約。前文で「被爆者」の受け入れ難い苦しみに留意すると明記した。50カ国が批准の手続きを終えた90日後に発効する。2017年7月、国連で122カ国・地域の賛成で採択。現在、オーストリアやニュージーランド、タイなど23カ国・地域が批准手続きを終えている。

(2019年7月10日朝刊掲載)

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