×

連載・特集

平和の絆 広響ポーランド公演 出発を前に <下> 総合芸術誌の編集者・広島在住の大学講師

復興の軌跡 奏でる共通の思い

 ワルシャワの夏を盛り上げる恒例行事となった「ショパンと彼のヨーロッパ」国際音楽祭。国立ショパン研究所が2005年から毎年開催し、2週間以上にわたって世界中から音楽家や楽団が集う。広島交響楽団とシンフォニア・バルソビアの合同コンサートは、同音楽祭のメインプログラムの一つに位置づけられる。

 「ポーランドの重要な音楽祭を、ヒロシマの楽団が飾ることは感動的で意義がある」と、ワルシャワで発行される総合芸術誌「プレスト」編集長のキンガ・ボイチェホフスカさん。6月、広響の招きで広島市を初めて訪れた。「戦後の復興と市民の精神性は、ワルシャワと共通点が多い」と感じたという。

 合同コンサートの会場であるワルシャワフィルハーモニーホールは、ショパン国際ピアノコンクールの会場として有名。第2次世界大戦中にナチス・ドイツ軍の爆撃で完全に破壊されたが、1955年に市民の熱意で再建された。

 広響と共演するシンフォニア・バルソビアも「不屈の精神」の象徴という。84年、共産主義体制下で民主化運動が高まる中、米国出身のバイオリニストで平和運動家でもあった故ユーディ・メニューインの呼び掛けで結成。歴史の荒波を乗り越え、音楽を発信し続けてきた。

 ボイチェホフスカさんと一緒に広島を訪れたマヤ・バチニスカ副編集長は、映像作家としても活動。市民たちがナチスに立ち向かい、約20万人ともいわれる死者を出した44年の「ワルシャワ蜂起」で恋人を亡くした祖母の人生をたどり、ドキュメンタリーを制作した。「私たちの世代は過去を未来に伝え、国境を超えて信頼し合わなければならない」と、平和への思いを発信し続ける広響に共感を寄せる。

 合同コンサートのプログラムには、ポーランドの現代曲からペンデレツキ作「広島の犠牲者に捧(ささ)げる哀歌」が組み込まれた。

 「初めて聞いた時、音楽とは思えない衝撃を受けた」。ワルシャワ出身の大学非常勤講師ウルシュラ・スティチェックさん(広島市南区)は22年前、廿日市市であったワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の公演でこの曲を知った。

 ワルシャワ大日本学科を卒業後、91年に広島大に留学。広島の被爆作家原民喜と、ナチスの強制収容所を体験した母国の作家ボロフスキなどを論考し、博士号を取得した。戦争の悲劇を伝える文学や音楽は「体験していない人々の想像をかき立てる力がある」と、その重要性を訴える。

 日本に住む女性と文通を始めた17歳の頃は、「共産主義体制下で、日本に行くことは『夢』だった」と振り返り、両国の友好関係を喜ぶ。今年も巡ってきた8月は、広島にとって「原爆から74年」、ポーランドにとって「ワルシャワ蜂起から75年」―。「ヒロシマの演奏家が奏でる『哀歌』はきっと、ワルシャワ市民の心を震わせるだろう」と期待する。(西村文)

(2019年8月5日朝刊掲載)

関連記事はこちら

平和の絆 広響ポーランド公演 出発を前に <上> 作曲家・指揮者 クシシュトフ・ペンデレツキさん

平和の絆 広響ポーランド公演 共鳴した思い <上> 戦禍の2都市 つなぐ響き

平和の絆 広響ポーランド公演 共鳴した思い <中> 音楽奏で地域貢献 同じ志

平和の絆 広響ポーランド公演 共鳴した思い <下> 被爆地の願いが結んだ縁

平和の絆 広響ポーランド公演 インタビュー編

年別アーカイブ