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連載・特集

きこえてる? 紙芝居「ちっちゃい こえ」が伝えるもの <上>

 米国出身の詩人アーサー・ビナードさん(52)が、自作の紙芝居「ちっちゃい こえ」を、各地で上演して回っている。広島出身の画家丸木位里と妻の俊の連作「原爆の図」の絵を使って、74年前の8月6日を描く物語。どうすれば幼い心に響くのか、7年の試行錯誤を重ね、ことしやっと完成させたという。広島の子どもたちに、その「こえ」はきこえているだろうか。

あの日の命を感じる

描いた惨状「怖いけど、また見たい」

小2 岸本君(8)

 6月下旬、三次市立和田小の教室には、1~3年の35人が集まっていた。「紙芝居の始まり、始まりー」。ビナードさんが演じ始めると、ざわめきがやんだ。

 「おお はじめまして。 ぼくの なまえは クロという。 きみは……ニンゲンだな」。1枚目の黒い猫の絵が問い掛ける。「うんうん」「そうだよ」「そーにきまっとるやんっ」。早速、子どもたちから元気な声が返ってきた。

 作品では語り手の猫「クロ」に導かれて、原子爆弾が落とされた時に広島にいた人や動物の命の記憶をたどる。ねえさん、あかんぼう、じいちゃん、ハトのクースケ…。そして主人公は、登場人物の体の中で動いている「サイボウ」―。

 クロは途中で、こんなふうに呼び掛ける。「ね、からだの ちっちゃい サイボウを きみは 見たこと ある? 見てみようか? さあ 目を 見ひらいて ぐぐぐぐうううっ 百ばい おおきく 千ばい おおきく……」

 そうすると、子どもたちは両手をめがねのようにしたり、指と指の隙間から前をのぞいたりしてサイボウを見ようとする。画面は、きれいな赤いサイボウの絵に変わっている。

 「ピカアアアアアッ!」。あの日の朝の場面では、ビナードさんの声で教室が静まり返る。画面には母子が炎に包まれる姿や、元気をなくし黒くなったサイボウが映し出される。

 体を前のめりにして見ていた2年の岸本昌生君(8)は「何か分からんけど、ぞーっとした」。8分余りの上演はあっという間で「ちょっと怖かった。でも面白かったから何回でも見たい」。

 教員の坂田尚子さん(52)は、子どもの集中力に驚いた。夏が近づくと平和の大切さについて学ぶ機会を持つが、中には手遊びやよそ見をする子もいる。でも、この日は違ったからだ。

 面白い、という言葉は、戦争や被爆を語るときにはなじまないと感じる人も多いかもしれない。しかし、ビナードさんは「大人もだけど、子どもの心にも届かないとだめ。どうすれば面白いと思ってもらえるか考え続けた」と振り返る。

 自身は15年以上前に「原爆の図」に出合い、絵の中に「巻き込まれていくような感覚」に襲われたという。「それは傍観者から当事者になるような体験。観客を巻き込むような紙芝居で、あの日の命を感じてもらえたら」と語る。

 行く先々で、子どもたちは豊かな反応を示していた。6月中旬に上演した広島市南区のフレーザー幼稚園では、4~6歳の36人が食い入るように画面を見つめていた。「ずんずん るんるん ずずずんずん るんるんるん」。サイボウの声のリズムに、引き寄せられていく。

 年長の太田みゆきちゃん(5)も、目をそらさずに見ていた。でも終わって少しすると、涙がぽろぽろこぼれて止まらなくなった。原爆が落ちた後に出てきた、紫色の骸骨の絵が「怖かった」と教えてくれた。

 翌日、みゆきちゃんに尋ねると、昨夜は風呂に入っている時に、死んだ人の骸骨に角が生えて、頭の中に出てきたのだという。「ああなったら嫌だ」。思いがぐるぐる渦巻き、布団に入っても頭から骸骨が消えなかったそうだ。

 手塚由美子園長(65)は、「ショックを受けたのは、何か心に響いたからでは」と察する。みゆきちゃんは後で「怖いけど聞いた方がいい。やだったけど見ないのとは違う」「悲しい街はもう嫌」とも話していた。

 園では紙芝居の後、先生と子どもたちが感想を話し合う機会を持った。ビナードさんが紙芝居を作って伝えたかったのはどんなことなのかを考えた。

 私たちと同じように暮らしていた人たちの死、細胞を壊し、命をじりじりと脅かす放射能のこと…。手塚園長は言う。「大人が丁寧に伝えることで『怖い』以上のメッセージを受け止める力を、子どもは持っているのではないでしょうか」(標葉知美、福田彩乃)

見た人を巻き込む作品に

「ちっちゃい こえ」を刊行した童心社(東京都)

副編集長 永牟田律子さん(41)

 「ちっちゃい こえ」は5月下旬に発売して2カ月余りですが、反応がいいんです。紙芝居の発行部数は通常は年3千部ですが、この作品は既に6500部を発行しています。完成するまで7年。続けてきた新しい挑戦が、響いているのでしょうか。

 こんなに時間がかかった理由は、一言では言い表せません。

 著作権者の許可を得て、「原爆の図」の一部を切り取り紙芝居の場面にしていくのも、終わりの見えない作業でした。「原爆の図」は15部の連作で、それぞれが四曲一双のびょうぶに仕立てられた縦180センチ×横720センチの大作です。どの場面を切り取るか決めるのも簡単ではありません。

 完成した紙芝居は16枚ですが、試作した絵は千枚を超えます。芸術作品を切り取ること自体がチャレンジなのに、色や絵の向きも変え、加工を重ねました。

 アーサー・ビナードさんは「どうしたら面白くなるか」にこだわっていたように思います。最も気にしていたのは、観客の反応でした。千人以上の子どもの前で試演し、表情や感想を手掛かりに、脚本も絵も変えていきました。

 作品では、子どもたちに身近な猫の語り手「クロ」が登場します。当時、実際にあった軍国調の子守歌は、それが変に感じるからなのか、子どもたちを引き付けます。逆に、放射能やセシウムといった想像力を鈍らせる言葉はそぎ落とす。そうして、見た人を巻き込む作品、頭で考えるのではなく体で感じられる作品に近づいた気がします。

 紙芝居には必ず、演じる人と観客がいます。生身の人間の対話が生まれることによって、物語が心に響きます。戦争って何だろう。原子爆弾って何だろう―。子どもたちが知りたいけれど、何となく避けていたものも、対話の中なら向き合えるかもしれない。この紙芝居が作り出す時間が、そのきっかけになればうれしいです。(標葉知美)

(2019年8月5日朝刊掲載)

きこえてる? 紙芝居「ちっちゃい こえ」が伝えるもの <中> 物語を分かち合う

天風録 『ちっちゃい こえ』

きこえてる? 紙芝居「ちっちゃい こえ」が伝えるもの <下> 今につながる感覚

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