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社説・コラム

社説 長崎平和宣言 核軍拡への懸念 共有を

 核兵器が使われる危険性が高まっている―。長崎市の田上富久市長は、きのうの平和宣言で強調した。米国、ロシアの核超大国や北朝鮮が、核なき世界に向けて国際社会が積み重ねてきた努力の成果を近年、次々と壊しているからだ。

 宣言では、核兵器廃絶へ世界を動かしてきた市民社会の力がこれまで以上に重要とし、「核兵器は要らない」と声を上げるよう促した。危機感を共有して、反核平和を全世界に訴えることが不可欠だ。

 米ロの特定分野の核兵器全廃を定めた中距離核戦力(INF)廃棄条約が失効した。両国は小型核開発も始めているという。2021年2月が期限の新戦略兵器削減条約(新START)も延長されなければ消滅し核軍拡への歯止めがなくなる。見過ごすわけにはいかない。

 これまで核廃絶への動きをつくり出してきたのは、市民社会の力だった。長崎市が毎年、平和宣言に市民社会の言葉を盛り込んだのはうなずける。世界の人々が連帯するうねりをつくり、それが広がれば核軍拡の歯止めにもつながるはずだ。

 17年に採択された核兵器禁止条約は、非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN(アイキャン))など市民社会の努力の成果でもある。ICANは核兵器産業へ投資や国家予算の支出を避けるよう訴える運動も展開してきた。

 昨年に続き、長崎市長として政府に禁止条約への署名・批准を求めた。松井一実広島市長が「被爆者の思い」と表現するにとどまったのに比べ、差が出た。禁止条約は採択から2年でようやく25カ国・地域が批准した。条約発効に必要な50カ国・地域に向け、被爆国日本の姿勢が問われる。

 しかし安倍晋三首相は、長崎市の平和祈念式典のあいさつで禁止条約に触れもしなかった。平和憲法の堅持にも触れず、広島でのあいさつ文をほぼ踏襲した。これでは被爆者や市民は納得すまい。

 来春開かれる5年に1度の核拡散防止条約(NPT)再検討会議について、安倍首相は意義ある成果を生み出すため各国に働き掛けると述べた。だが核保有国と非保有国との溝は深い。米ロなど核保有国が対立を広げている。安倍首相は保有国に対して核兵器削減への具体的な道筋を示せと迫るべきだ。

 宣言では、「核の傘」から「非核の傘」への転換を政府に求めた。日本、韓国、北朝鮮を北東アジア非核兵器地帯とし、米国、ロシア、中国にはこの地域への核攻撃や威嚇をしないと約束させる構想だ。政府は真摯(しんし)に受け止める必要がある。

 被爆者の高齢化も進む。被爆者健康手帳を持つ全国の被爆者は3月末時点で約14万人。平均年齢は82・65歳で、この1年間で約9千人減った。核兵器の恐ろしさを伝える活動をしっかり次の世代へ受け継いでいかねばならない。

 その焦りが被爆者代表で85歳の山脇佳朗さんの「平和への誓い」にも表れた。被爆者が生きているうちに核兵器を廃絶するよう全ての保有国に働き掛けることを政府に求めた。

 核兵器のない世界を実現させるため、市民社会の力を発揮させたい。そのため一人一人が声を上げるべきだ。

(2019年8月10日朝刊掲載)

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