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連載・特集

緑地帯 中村香織 夢のかたち <3>

 私が舞台俳優を志したのは小学生の頃だ。引っ込み思案だった私に、「ジャズダンスをやってみたら?」と、母が勧めてくれたのがきっかけだった。小さい頃から歌手に憧れていた私は、次第にミュージカルに興味を持ち始め、いつか大きな舞台でミュージカルをやりたい、そして広島で公演したいと夢見るようになった。

 舞台に立てば応援してもらえる、自分に自信が持てる。続けられたのはそんな単純なことだった。それでも夢はどんどん膨らみ、貪欲にレッスンに励んだ。合唱部のある基町高に入学し、部活動に精を出した。そして8月6日に韓国人原爆犠牲者慰霊碑の前で歌うという機会をいただいた。自分の「夢」と「戦争」が初めて交差した瞬間だった。それ以降、平和コンサートや戦争関連の演劇がたくさんあることに興味を持ち、「私もいつか舞台で表現してみたい」という小さな夢の種が、心の中に植えられたような気がする。

 ミュージカルを勉強するため、広島を離れ、大阪芸術大に進んだ。新しい文化や大阪ならではの社交的な人柄に触れ、自分の価値観や夢のかたちも少しずつ変化していった。演劇の勉強をしていることもあり、広島弁は一切使わないし、クラスに一人だけいた広島出身の学生とも広島の話はしなかった。すっかり広島人のアイデンティティーを失い、卒業する頃には自然と広島に帰る選択肢がなくなっていた。プロの舞台俳優になるために上京すると決め、自分の道を突き進んだ。この頃は、心の中に植えられた夢の種もまだまだ深いところに眠っていた。(舞台俳優=東京都)

(2019年8月29日朝刊掲載)

緑地帯 中村香織 夢のかたち <1>

緑地帯 中村香織 夢のかたち <2>

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