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社説・コラム

『記者縦横』 二つの屍体を忘れまい

■文化部 森田裕美

 淡い背景にさえる赤い何か。鮮やかな色彩に引かれて近づくと、脇に「朱色の人」というタイトルが付けられていた。美術家山口啓介さんの絵画。広島市現代美術館(南区)で開かれている個展「後ろむきに前に歩く」(9月4日まで)で出合い、心奪われた。

 「シベリア・シリーズ」で知られる洋画家香月泰男が著書につづる「赤い屍体(したい)」の逸話に想を得た作品だそうだ。

 旧満州(中国東北部)で敗戦を迎えた香月は、皮を剝がれた赤茶色の遺体を目にする。戦中の報復だろう。「(現地の人から)私刑を受けた日本人にちがいない」と記す。シベリア抑留を経て復員後、今度は広島の原爆で焼かれた「黒い屍体」の写真を見る。その際、頭に「赤い屍体」が浮かび、重なり合ったという。被害も加害も織り交ぜの戦争を身をもって知る香月の言葉に山口さんは「リアル」を感じたようだ。

 この夏、戦争体験を出発点に筆を握り続ける表現者を取材した。その一人、画家岡田黎子さんは被爆者である一方、毒ガスや風船爆弾製造に関わった加害者として証言を続ける。「人は被害者にも加害者にもなり得る。それを自覚することが過ちを止める力になる」。熱い語りが胸に響いた。

 74年前、被爆や敗戦を体験した8月という時季は、ともすれば被害の側面にばかり光が当てられがちだ。だが、二つの屍体を忘れまい。それが戦争の記憶を「リアル」に捉え、継承する助けになる。

(2019年8月30日朝刊掲載)

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