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連載・特集

緑地帯 中村香織 夢のかたち <6>

 今年の春、祖母の古いノートから、新たに遺作が見つかった。広島に原爆が落ちてから3日後の様子が日記のように書かれており、どこかに提出しようとしていたのか、何度も書き直されていた。

 「私は余燼(よじん)燻(くす)ぶる広島の街を歩き続けていた。人を探すためである。私の家族は無事だったが家が焼けてしまったので郊外の知人の宅でお世話になった」という書き出し。そこのお子さんがまだ戻っていないので街まで探しに出たそうだ。「道端の死体はあらかた片付けられていて、殆(ほとん)ど人影はない。見渡す限り焼け野原、ビルの残骸、がれきの山、ぽつんぽつんと杖(つえ)のような焼木が立っている」と街の様子が細かく描かれている。

 「街の地理は殆どわからない。ただ残されたような電車の線路が私の目印になっている。熱気と臭気が半日以上も飲まず食わずに歩き続けた私の鼻をつく。喉がからからに渇いて立っていると目が回りそうである」とあり、その時の状況が鮮明に想像できた。その後疲れ果て、「このまま死んだって…」とあり、私は背筋がぞっとした。この時祖母が生きる事を諦めていたら今私はここにいないのだ。祖母がこんなにもリアルに、しかも人に読んでもらうのを意識して書いた文章を初めて見た。

 朗読劇の中にも、主人公が人を探すため街を歩き回ったことを話すシーンがあったので、今年上演した脚本では祖母の言葉を引用した。祖母の目から見た広島の描写に書き直し、以前より五感で感じながら語った。このシーンだけはとても緊張感があり、どこかで祖母が見守ってくれているような気がした。(舞台俳優=東京都)

(2019年9月3日朝刊掲載)

緑地帯 中村香織 夢のかたち <1>

緑地帯 中村香織 夢のかたち <2>

緑地帯 中村香織 夢のかたち <3>

緑地帯 中村香織 夢のかたち <4>

緑地帯 中村香織 夢のかたち <5>

緑地帯 中村香織 夢のかたち <6>

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緑地帯 中村香織 夢のかたち <8>

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