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連載・特集

『生きて』 元広島市立大学長 藤本黎時さん(1932年~) <10> 詩人の魂

紛糾した現実に向き合う

 イェイツについては、その複雑な民族意識にも奥深い魅力を感じました。彼はカトリックを信仰する生粋のアイルランド人ではなく、イングランドからの「侵略者」を祖先とし、プロテスタント教会に属するアングロ・アイリッシュなんです。

 彼らはしかし、イギリス本国から見れば、アイルランドなまりの英語を話すアイルランド人に他なりません。自らのアイデンティティーを探し求める彼らの独立への思いは、かえって切迫したものになる。イェイツの詩からは、そうした二重構造の民族意識が読み取れます。

  ≪同じくアイルランドの詩人で、1995年にノーベル文学賞を受賞するシェイマス・ヒーニー(1939~2013年)とはじかに交流した≫

 最初の出会いは90年、京都の大谷大であった国際アイルランド文学協会の大会に、ご本人を講師として招いた時です。

 ヒーニーは生粋のアイルランド人ですが、彼も、カトリック系住民とプロテスタント系住民の対立という、アイルランドの困難な政治・社会状況下で詩作を重ねました。

 イェイツにとってもヒーニーにとっても、詩は、紛糾した現実に向き合う手段でした。詩には、政治・社会を変える直接の力はありませんが、それ故に、自分を裏切ることなく生きる道は詩の中でこそ示せると考え、実践した。偉大な2詩人の共通点だと思います。

 ≪93年、広島大図書館長に。東広島キャンパスの新しい中央図書館を軌道に乗せた≫

 東千田キャンパス(広島市中区)からの蔵書移送に、職員と奮闘しました。各研究室が所蔵する本も、全学的に利用しやすいよう、図書館への集中配架を進めた。福山通運(福山市)の渋谷育英会から助成金を頂き、館内に広島ゆかりの作家の美術品を飾れたのもよかったです。

 ≪95年、広島大を定年退官すると同時に広島市立大に≫

 まだ広島大にいる間から、市立大の開設準備に関わりました。開学2年目から勤め、国際学部長だった97年には、長年の研究をまとめた単著「イェイツ―アングロ・アイリッシュのディレンマ」(溪水社)を出すことができました。

(2019年8月14日朝刊掲載)

『生きて』 元広島市立大学長 藤本黎時さん(1932年~) <1> 学びの道

『生きて』 元広島市立大学長 藤本黎時さん(1932年~) <2> 軍人の子

『生きて』 元広島市立大学長 藤本黎時さん(1932年~) <3> 大和の記憶

『生きて』 元広島市立大学長 藤本黎時さん(1932年~) <4> 日米開戦

『生きて』 元広島市立大学長 藤本黎時さん(1932年~) <5> 父との別れ

『生きて』 元広島市立大学長 藤本黎時さん(1932年~) <6> 焼け跡で

『生きて』 元広島市立大学長 藤本黎時さん(1932年~) <7> 高校教師に

『生きて』 元広島市立大学長 藤本黎時さん(1932年~) <8> 研究者の道へ

『生きて』 元広島市立大学長 藤本黎時さん(1932年~) <9> ダブリン大で

『生きて』 元広島市立大学長 藤本黎時さん(1932年~) <11> ヒロシマへ

『生きて』 元広島市立大学長 藤本黎時さん(1932年~) <12> 大学への期待

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