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緑地帯 指田和 消えた家族を追って <5>

 プリントした200枚の写真を眺める日が続いた。私はアルバムの写真の横に書かれた鈴木六郎さんのコメントにも目を凝らした。クセのある米粒大の文字を、ルーペ片手に読んでいく。そのクセ字がスラスラ読めるようになる頃には、一家の暮らしや人物像がくっきり浮かび上がってきた。

 一家を私なりに分析すると、こんなキーワードが浮かんできた。「のびのび・笑顔の子どもたち」「家族・親戚の仲の良さ」「旅行好き」「動物も家族」「新しい家族の誕生・喜び」。そうだ、絵本の前半はこのキーワードに合わせて写真を分けてみよう。広島の風景を入れ込むことも忘れずに。そして原爆投下を境に、絵本の後半は家族の最期を伝えよう。感情は抑え、事実をわかりやすく。こうして絵本の流れができ、写真もほぼ固まった。

 さあ、次は本文をどう書くかだ。当初は第三者の視点で「広島に、床屋さんを営む鈴木六郎さん一家がありました」と書き始めたが、それだと話がどこかひとごとのようになってしまう。どうしたらいい…。

 ある晩、私は久しぶりにアルバムを開いた。目に飛び込んできたのは、長女の公子ちゃんが弾(はじ)けるような笑顔で、空に向かって両手をひろげる一枚の写真だった。「公ちゃんは、この手で何をつかもうとしていたんだろうね?」。もちろん、応えは返ってこない。でも次の瞬間、ハッとした。「そうだ、語り手を公ちゃんにしたら…?」

 私は原稿を書き始めた。もう、迷いはなかった。(児童文学作家=埼玉県)

(2019年12月13日朝刊掲載)

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