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連載・特集

NPT発効50年 再検討会議 NYで4・5月 核軍縮の道 視界不良

 米国による広島、長崎への原爆投下から75年となることし、核拡散防止条約(NPT)は発効50年の節目を迎える。その運用状況を議論する5年に1度の再検討会議が、4月27日~5月22日に米ニューヨークの国連本部である。新たな軍拡競争の様相を見せる国際情勢に、歯止めをかける成果が得られるのか。会議の行方には厳しい見方が広がっており、NPT体制は存在意義を問われる局面となる。(明知隼二)

議論の焦点

「核禁条約」「米露の反目」「中東問題」 主張対立 緩和が成否の鍵

 2019年の準備委員会は核軍縮の進展のなさや、核兵器禁止条約の評価を巡って核兵器保有国と非保有国が厳しく対立した。さらに、米国とロシアやイランなどの反目も目立った。20年の再検討会議が成果を出せるかは、こうした対立の緩和が鍵となりそうだ。

 NPTは、非保有国が核を持たない代わりに、保有国が軍縮を進める「取引」だ。そのため保有国は、条文と過去の合意文書に基づき、核軍縮を具体的に前進させる責任を負う。保有国は、冷戦後に保有する核弾頭数が大幅に減ったと強調するが、米ロを中心に依然、計約1万4千個の弾頭を持つ。核兵器の近代化や、小型核の開発、製造も進む。

 こうした状況への不満から生まれた核兵器禁止条約を巡っても、隔たりは大きい。核兵器の非人道性に基づく禁止の訴えを、保有国は「現実を無視」しており「性急な禁止はNPT体制を損なう」と拒否。国際環境の改善なしに核軍縮は進められないと主張する。

 核超大国の米ロの対立も深刻だ。冷戦終結につながった中距離核戦力(INF)廃棄条約は失効。19年の準備委では、両国の代表は非難合戦を繰り広げた。21年に期限が切れる新戦略兵器削減条約(新START)も延長交渉の見通しは立たず、好材料は乏しい。

 もう一つの懸案が中東問題だ。米国は18年、イランの核開発を制限する核合意を一方的に離脱し、経済制裁を再開。19年の準備委では両国の対立も目立った。

 15年の会議の決裂を決定付けた「中東非大量破壊兵器地帯」の設置では、関係国が19年11月に国連本部で初めて国際会議を開いた。条約制定を目指すとの宣言を採択したが、中東で唯一核兵器を保有するイスラエルは欠席した。再検討会議では、この構想も焦点の一つになる見通しだ。

被爆国として

米に配慮 「橋渡し役」疑問符 市民はヒロシマ発信に意欲

 「唯一の被爆国」を掲げる日本は、核兵器保有国と非保有国の「橋渡し役」を自任するが、「核の傘」を提供する米国に気を使う姿勢が目立つのが実情だ。19年の準備委員会では多くの加盟国が、最終文書に当たる勧告案に核兵器禁止条約への支持を盛り込むよう要請。日本は逆に、保有国の反対意見も盛り込むよう提案した。条約推進国や国際NGOには失望が広がった。

 禁止条約に背を向け続ける政府に、現地入りした被爆者も「原爆が人間に何をもたらすかに立脚するのが被爆国ではないのか」と、いらだちを隠さなかった。

 この姿勢は、日本が毎年の国連総会に提出する核兵器廃絶決議案にも表れた。19年は、核使用による壊滅的な人道上の結末を巡る表現が、前年までの「深い懸念」から「認識」へと弱まった。主張の後退ぶりは明らかだった。

 昨年11月、被爆地を訪れたローマ教皇フランシスコは、原子力の戦争への使用を「犯罪」と断じ、核兵器の保有も倫理に反するとした。帰国後のメッセージでは「同じ過ちを繰り返さない」ために、記憶を次世代に伝える被爆者の役割を改めて強調した。

 日本被団協は50人規模の代表団を派遣する方針。高齢で参加を諦めるケースもあったが、前回並みの規模を維持する見通しという。現地では原爆展や証言を通じ、核兵器の非人道性を訴える。広島から参加する県被団協(坪井直理事長)の箕牧(みまき)智之理事長代行(77)は「私たちの訴えが世界に通じるかの正念場だ」と力を込める。

 平和首長会議(会長・松井一実広島市長)も、被爆地の若者を現地に派遣する。若者主体のイベントを開いたり、海外の若者と意見交換をしたりして、被爆地からの訴えを担う次世代の育成にもつなげる。

50年の歩み

成功と失敗繰り返す 前回は「中東」巡り物別れ

 NPTは1970年に発効した。米国、ロシア、英国、フランス、中国の5カ国に核兵器の保有を認める一方、核軍縮に向けた「誠実な交渉」を義務付ける。それ以外の国には核兵器の取得などを禁じ、兵器転用などをチェックする査察を条件に、原子力の発電や医療への利用を認める。インドとパキスタン、事実上の保有国であるイスラエルは未加盟で、北朝鮮は2003年に一方的に脱退を宣言した。現在の加盟国は、北朝鮮を含めると191カ国となる。

 5年に1度の再検討会議では、NPTの3本柱「核軍縮」「核不拡散」「原子力の平和利用」を議論。会議は成功と失敗を繰り返しながら、今も議論の足場となる合意を重ねてきた。

 00年は「核兵器廃絶への明確な約束」などを盛り込んだ最終文書を、保有国を含む全会一致で採択した。条文が課す「交渉義務」よりも踏み込んだ内容で、保有国に核軍縮を迫る重要な根拠となっている。

 05年は一転して決裂。ブッシュ米政権は01年の米中枢同時テロを受け、武力面での自国の優勢を重視。核軍縮には関心を示さず、非保有国との溝が深まった。

 10年は「核兵器のない世界」をうたうオバマ米政権が議論をけん引し、他の加盟国も協調。64項目の行動計画を盛り込み、核兵器の非人道性にも触れた最終文書を採択した。15年はウクライナ情勢などで米ロ関係が悪化する中で開催。「中東非大量破壊兵器地帯」の設置構想に、イスラエルに近い米国などが強く反発し、会議は物別れに終わった。

元政府代表団顧問 黒沢教授(大阪女学院大)に聞く

不安定な国際協調 状況は「最悪」

 好材料が乏しく、厳しい見方が広がる2020年のNPT再検討会議。これまで日本政府代表団の顧問として再検討会議に参加してきた大阪女学院大の黒沢満教授(74)=軍縮国際法=に、会議の展望を聞いた。

 ―20年の再検討会議の展開をどう見ますか。
 50年にわたり核軍縮を研究してきたが、今回は最悪ではないか。会議の成功には、米大統領の核軍縮への本気と、良好な米ロ関係が欠かせない。国際協調に背を向けるトランプ政権下では、どちらも欠けている。

 ―各国とも、15年に続く2回連続の失敗を避けたい思惑があるとも聞きます。
 成功とされる10年の会議では、オバマ米大統領が強い意欲で臨んだ。直前に新戦略兵器削減条約(新START)に署名するなど、米ロ関係も良好だった。

 今回はむしろ05年に重なる。ブッシュ政権はイラク戦争など単独主義が目立ち、ロシアとの弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約も一方的に離脱。会議は議題すら合意できないまま会期の半分を空費した。

 内定していた20年の議長は国際原子力機関(IAEA)の事務局長に就き、交代の見通しだ。新議長が決まっても、準備不足は避けられないだろう。  ―核兵器禁止条約を巡っても割れています。
 推進側は、禁止条約があくまでNPTを補うものであると訴えるだろうが、保有国は拒否する姿勢を崩していない。難しい状況が続くだろう。そのまま会議が失敗に終われば、NPTへの失望から禁止条約の批准が加速するかもしれない。

 ―日本政府は、保有国と非保有国の「橋渡し役」を果たせていませんね。  確かに現状では言葉だけだ。政府にはこれまで、両陣営と対話ができる欧州の国と組み、橋渡し役を果たすべきだと提案してきたが、米国に気を使い行動しない。それでは信頼は得られない。

 ただ、イランを訪れ、対話を働き掛けたのは良かった。バランス役としてこうした努力を重ねるべきだ。

 ―被爆地はどのような役割を果たせますか。
 ローマ教皇は被爆地で、国や軍隊から市民まで、あらゆる人が核兵器のない世界の実現に努めるよう求めた。核兵器は国家の安全保障の文脈だけで語られがちだが、人類全体の安全に関わると認識すべきだ。被爆地にはそれを訴える力がある。被爆者や市民、首長に加え、被爆地の研究機関の発信にも期待したい。

(2020年1月4日朝刊掲載)

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