×

社説・コラム

天風録 『不気味な1月の記憶』

 きなくさい話に船乗りは敏感なのだろう。海の向こうだとしても武力の応酬は人ごとではない。<湾岸の空爆テレビと工場のサイレン重なる一月十七日>宮本勝人。湾岸戦争の勃発を、一人の老船乗りが詠む▲巡航ミサイルが闇夜に光跡を描いた記憶がよみがえる。クウェートに侵攻したイラク軍を、多国籍軍が一気に敗走させる。あれから29年後の同じ1月、同じ中東から、きなくさい外電が飛び込んできた。イランによる弾道ミサイル攻撃である。「殉教者ソレイマニ作戦」という▲英雄殺害の報復として、米軍が駐留するイラク空軍基地を標的にし、出ていけと警告した。片や、米軍は内輪で混乱している▲イラク撤収を通知する文書が出回ったかと思うと、国防総省は慌てて否定する始末。本国では選抜徴兵局のサイトがパンクした。「第3次世界大戦か」と案じた若者の問い合わせが殺到したためである。ある日突然、異国に送られ、荒れ地に斃(たお)れるのはごめんだと、誰しも思う▲先の船乗りはこうも詠む。<斃れるは常に無名の戦士にてエホバよアラーよと骨肉の泣く>。骨肉とは親きょうだい。その嘆きを思い知り、まずは応酬の矛を収める知者を治者と呼ぶ。

(2020年1月9日朝刊掲載)

年別アーカイブ