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社説・コラム

社説 被服支廠 解体先送り 活用論議 仕切り直しを

 解体反対の声が、予想をはるかに超えていたのだろう。

 広島市南区に残る被爆建物「旧陸軍被服支廠(ししょう)」について、3棟の所有者の広島県が進めようとした「2棟解体、1棟の外観保存」の着手が先送りされることになった。

 結論ありきで突き進むのではなく、冷静に立ち止まったことは評価したい。

 県は、残る1棟の所有者である国と地元の広島市の3者で話し合った末の結論だとして、2棟解体の原案自体は維持するようだ。しかし本当に十分に協議したと言えるのだろうか。文化財や平和関連の部署や市民団体とも連携し、もっと幅広く知恵を集めるべきだ。

 1月中旬までの約1カ月間で集まった意見は2444人に上った。県は「3棟保存」「1棟保存」といった選択肢を示し、意見を求めた。その結果、6割が3棟全ての保存を支持し、他の選択肢を圧倒したことは重く受け止める必要がある。

 県の方針に反対した人の理由の中では、「十分に議論したと思えない」と答えた人が6割いたことも浮かび上がった。

 全棟保存の最大のネックになっているのは、1棟33億円とされる耐震化費用である。費用の捻出策として、県と中国財務局、市の3者は、国の財政支援が見込める文化財の指定も検討していた。ただ、その可能性をどれだけ追求したかは疑問だ。

 中国新聞の情報公開請求で開示された協議の記録によると、財務局が文化庁に照会した結果を踏まえて「指定は困難」と結論付けていた。県や市の文化財担当部署は協議に加わっていなかった。もし加わっていれば、もっと専門的な提案を文化庁に示せたのではないか。

 公金を投じる以外にも、サッカースタジアム建設のように寄付などを広く募る方法が考えられよう。国際的な関心の高さも資金集めの追い風になるかもしれない。ところが湯崎英彦知事や松井一実市長は、ふるさと納税やクラウドファンディングの可能性に触れるだけで、具体的な動きは見せていない。

 このような状況で、県など3者は「十分に議論した」と胸を張れるのか。

 33億円という費用も、数字が先行している印象がある。この額は内部も含めて活用する場合の試算だ。1棟全体の劣化を防ぐ補修だけなら4億円と県も見積もっている。市道が接する外壁の補強はむろん必要だ。ただ建物の外観だけを残すなら費用はもっと抑えられる。

 もちろん外観に限る保存には否定的な意見もあろう。ただ、全棟保存を「原則論」として求める市を含め、これまでの協議は極端な議論を進めてきたようにも映る。被爆者や市民の感情も置き去りにされている。

 解体の議論を通じ、被服支廠への関心は高まり、現地見学や関連の集会が相次ぐ。今週末も広島の建物の魅力を発信してきた市民団体「アーキウォーク広島」が広島市中区でシンポジウムを予定している。

 意見公募を通じ、湯崎知事は「過去最高レベルで関心が高い」と感想を述べていた。この熱を逃さず、国や市をもっと巻き込み、どんなアイデアを生み出すことができるか。先送りにとどまらず、むしろ活用の議論を仕切り直してもらいたい。

(2020年2月5日朝刊掲載)

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