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社説・コラム

[歩く 聞く 考える]  「ノーモア」 被爆者と共に 全国弁護団連絡会団長 藤原精吾弁護士

原爆症訴訟という闘い

 広島、長崎の被爆者が原爆の放射線の影響でがんなどの病気になったと訴え、「原爆症」と認めるよう国に求める裁判は半世紀にわたり繰り返されている。最高裁は今月25日の判決に際して、手当が支給される要件の一つである「医療の必要性」について統一判断を示す見通しだ。「裁判で争われているのは被爆者の人権そのものだ」と語る全国弁護団連絡会団長の藤原精吾弁護士(78)に、長年の法廷闘争の到達点を聞いた。(論説委員・藤村潤平、写真・川村奈菜)

  ―判決に先立ち、最高裁が弁論を開きました。原爆症訴訟では初めてだそうですね。
 はい。最高裁は通常は書面審理なので、口頭弁論は珍しいことです。上告されている三つの高裁判決では判断が分かれました。原爆症と認められた白内障などを治療した後、医師による経過観察が引き続き手当の支給対象になるのか否か。最高裁として統一判断を示すため、被爆者側と国側の主張を改めて聞いたのでしょう。

  ―その弁論では、どのようなことを訴えたのですか。
 原爆症を定めた被爆者援護法がいう「医療の必要性」の解釈が重要になるのですが、法律論に絞って弁論するのはやめました。原告には被爆の状況やその後の苦しみを語ってもらい、私は被爆者の人権を守るための裁判所の姿勢が問われていると訴えました。

  ―法の解釈よりも、むしろそちらの方が大事だと。
 法廷で法律以外のことを話すのは単なる演説だと言う人がいますが、私は違うと思います。特に原爆症の認定は、医学的な判断というより国の政策的な判断に基づくもの。法律論に終始すると、問題が矮小(わいしょう)化されかねません。それは避けたかった。

  ―政策的な判断とは。
 原爆症の認定は、がんや白内障など病気について、被爆した距離や当時の行動といった一定の要件に基づいて総合的に判断されています。

 一見すると医学的ですが、例えば被爆して何十年もたってがんになった場合、その間の喫煙などの生活習慣が原因かもしれない。断定するのは無理です。つまり、結局はどこかで線引きしているにすぎない。では、その線がどこで引かれるかというと国の予算の都合なのです。

  ―国の懐具合によって、原爆症か否かが決められているということですか。
 まさしく。被爆者援護法の前身である原爆医療法の立法過程の公文書を、これまでの訴訟で国に提出させたことがあります。原爆の放射線だけでなく、熱線や爆風による病気や障害も手当の支給対象に入れることを検討していたが「予算の制約により限定せざるを得なかった」と書いてありました。

  ―まさに政策判断ですね。
 一方で、司法が取るべき姿勢は異なります。被爆者の人権が憲法下で守られているかどうかに尽きる。2003年からの原爆症認定の集団訴訟で原告の勝訴率が9割を超え、14年に認定基準が改定されてからも8割以上が勝訴しています。

 被爆者として生きなければならなかった人への国家的な補償が現状では十分でないと、司法は指摘し続けているのです。

  ―ずっと被爆者に関心を持たれてきたのですか。
 生まれも育ちも神戸で、原爆や被爆者についてほぼ知りませんでした。知り合いの弁護士に声を掛けられ、労災や社会保障の裁判に長く関わってきた経験からお役に立てるのではと17年前に弁護団に加わりました。

  ―偶然だったのですね。
 一連の訴訟が私にとって最後の仕事の一つになろうかと思うのですが、被爆者の皆さんとの出会いに感謝しています。

 裁判を起こすのは大変なことです。被爆者と知られたくない人も多い。それでも法廷に立つのは自分だけの問題ではなく、被爆があってはならないことなんだと知ってほしいという強い気持ちがあればこそ。「ノーモア・ヒバクシャ」という言葉が切実に分かりました。この出会いなしに弁護士人生は終われなかったと今は思っています。

ふじわら・せいご
 神戸市中央区生まれ。大阪大法学部卒。67年弁護士登録。障害福祉年金と児童扶養手当の併給禁止の違憲性を巡り、最高裁大法廷で争った堀木訴訟などを担当。日弁連副会長、同人権擁護委員長を歴任。NPO法人兵庫障害者センター理事長。神戸弁護士会所属。共著に「社会保障レボリューション」。

■取材を終えて
 判決文を書く前に原爆資料館へ行ってきました―。ある裁判官からそう打ち明けられたことが藤原さんはあるそうだ。被爆の実態をもっと知らなければ判決は出せないと、被爆者の訴えが思わせたのだろう。実態に即した最高裁判決を期待したい。

(2020年2月19日朝刊掲載)

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