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[ヒロシマの空白 被爆75年] 米軍返還の組織標本 劣化 被爆間もない時期 犠牲者から採取 広島大原医研 デジタル化検討

 占領下で米軍に接収されて1973年に日本へ返還された被爆学術資料のうち、広島原爆の犠牲者の組織標本が一部で著しく劣化していることが5日までに分かった。保管する広島大原爆放射線医科学研究所(原医研、広島市南区)は、標本をデジタル画像に収める費用を調達するためインターネット上で寄付を募る計画を進めている。

 「米軍返還資料」のうち劣化が進むのは、原爆が投下された4日後の45年8月10日から11月13日までに解剖された遺体の組織標本。肝臓や肺、骨髄などの薄片をガラス板に貼り付けてある。被ばく資料調査解析部の杉原清香助教(45)によると、被爆から間もない時期の放射線による急性症状を示す貴重な資料という。

 105人から採取した計約4千枚に上り、被災者が多数運ばれた似島(現南区)で最初に解剖された犠牲者のスライド標本などが含まれる。約2600枚が顕微鏡観察用に試薬で染色されており、うち約400枚の色あせや変色がとくに著しい。

 時間の経過による試薬の変質が原因とみられる。ガラスが破損した標本も50枚以上ある。原医研の田代聡所長(58)は「劣化の進行自体は避けられない。せめてデジタル画像で残すことが差し迫った課題」と話す。

 専用スキャナーは最低でも数百万円。被爆資料のデジタルアーカイブ構築へ、2017年度から国に予算化を求めているが実現していない。そのためインターネット上のクラウドファンディングで購入費を賄う道を探ることにした。実施の詳細は検討中だ。

 原医研は、個人情報を漏らさないよう対策をした上でデジタル画像を外部の研究者にも開示し、原爆被害の実態解明に広く役立てるとしている。(山本祐司)

米軍返還資料
 1945年秋の「日米合同調査」で米軍が日本人研究者に差し出させ、首都ワシントンの陸軍病理学研究所(AFIP)で保管していた被爆学術資料。日本政府の要望で73年に計2万3千点余りが返された。広島関連は669人分のスライド標本など約1万1千点で、広島大原爆放射線医科学研究所が所蔵する。長崎関連は長崎大原爆後障害医療研究所に保管されている。

(2020年4月6日朝刊掲載)

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