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連載・特集

緑地帯 堀場清子 私を支える2本の脚 <4>

 栗原貞子の詩歌集「黒い卵」の事前検閲ゲラを読み、私はぼう然とした。原爆についての詩歌は無傷で、日本兵の残虐さや戦争批判、ヒトラーの歌といった11首が削除となっていた。米国にとっての昨日の敵、日本兵を非難してなぜ悪いか。「プランゲ文庫」の奥泉栄三郎氏に教えを乞うしかなかった。奥泉氏によると「占領米兵も同じ類だろうと連想させ、占領下では『社会不安』の対象です」

 民間検閲支隊(CCD)も軍隊批判は許さないのだと、やっとのみ込めた。検閲によって「黒い卵」は<原爆詩歌集>となった。

 栗原氏本人にとっても打撃だったらしい。敗戦翌年の3月に早くも「原子爆弾特輯號」として「中國文化」を創刊。7月号までは軍国主義からの解放賛歌のような内容だったが、CCDから「黒い卵」の検閲ゲラが届いた8月号でがらりと口調が変わる。「着手した日の元気は失ひ果てゝひとり、自身を虐げてをります」

 栗原氏の手元にあるはずの事前検閲ゲラは失われ、私が米国で入手し贈呈したコピーの丸写しで1983年に「黒い卵(完全版)」(人文書院)が出版された。

 90年代、広島の栗原氏宅を訪ねると、「完全版」に掲載した作品が創作ノートにないと言う。確かにノート1冊が紛失、別のノートは4ページが千切られていた。「怖くて怖くて、持ってない方が良いと思って焼いてしまったんです」

 CCDより恐ろしい対敵諜報支隊(CIC)が<原爆詩歌集>を問題視した。焼いた原因は、占領軍という絶対権力の、容赦ないどう喝だったと、理解される。(詩人・女性史研究者=千葉県)

(2020年4月22日朝刊掲載)

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