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連載・特集

緑地帯 堀場清子 私を支える2本の脚 <5>

 米メリーランド大の「プランゲ文庫」には多くの歌誌があり、検閲処分がどうあれ、忘れ難い歌に出会った。例えば高橋武夫「原爆悲歌」50首(「真樹」20巻10号)。<遁れゆき生きてあらむの望みたち子の骨は出ぬわが焼跡に>

 高橋夫妻は7人の子を持ったが、早くに長男を失い、妊娠していた長女はその夫と自宅で被爆、胎児ともども骨になった。次女と三女は市中にいた。高橋氏自身は偶然、建物の陰にいて閃光を免れ、妻と次男一起たちは疎開先にいて助かった。

 行方の知れぬまな娘二人を捜し、高橋氏は原子野をさまよう。<炎天下瓦礫の廃墟とぼとぼと歩める群は子を捜すひと>

 多くの焼死体も、散乱していただろう。「火達磨と化して死」んだかと、娘たちの幻影に苦しむ。 <さながらに地獄絵巻のそれごと阿鼻と叫喚のさまうつつ見る>

 高橋一起「父の遺した三十一文字」(作品社)が、「絶唱」とたたえる歌は初出の歌誌には見えず、歌集「廣島」(第二書房)の16首の最後にある。

 <天地の死塊となりて生物のみな滅びなば癒むものを>。この歌にこもる怒りと悲しみは、罪無くして地獄に落とされた被爆者すべての思いを代表するものだろう。

 高橋氏は不遇の家に育ち、苦学して弁護士となった。常に打算の無い正義を貫き社会的弱者の側に立つ。晩年には訴訟費用もなく、世話になった人が玄関の観音立像に水ようかんを供えたという。終わりに初出の歌誌からの1首。<特攻も玉砕もみな犬死となりし日に生き聴く虫の音や>(詩人・女性史研究者=千葉県)

(2020年4月23日朝刊掲載)

緑地帯 堀場清子 私を支える2本の脚 <1>

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