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連載・特集

緑地帯 堀場清子 私を支える2本の脚 <6>

 1990年春のひと月を、米スタンフォード大脇のアパートで過ごした。大学教員の夫は同大フーバー図書館で調べ物があり、私は日本では見られない、奥泉栄三郎編(雄松堂製作)占領軍検閲雑誌のマイクロフィルムを検索した。

 「プランゲ文庫」には処分理由の索引が無い。「原爆」を狙う私は勘で的を絞り一枚一枚操る。収穫ゼロの日が続くと気落ちする。

 その日も午後までの無駄骨にぼんやり手を動かしていた。すると万葉仮名が目に留まり、戦時下の女学生時代の気分に戻った。「なんだ? これ」

 題名を見直すと「麻本呂婆(まほろば)」。発行者は三原市の鮓本刀良意(すしもと・とらお)。右翼思想家だった。46年12月の創刊号は削除を伴う事前検閲パス。次号から事後検閲となるが、毎号軍国主義などを指弾する「非公式覚書」が付き、広島・長崎の原爆作品でおなじみの検閲官ソロブスコイのサインが踊る。2巻7号、9号、10号、11号は事前検閲に戻されていた。

 帰国して刀良意と親交のあった当時の三原市立図書館長を訪ね、資料を見た。茶色い小型の真四角なトランクにB6判の薄い「麻本呂婆」が整然と重なり紙袋に検閲局からの通達類がそろっていた。検閲された側が受け取った通達類をその時初めて実際に見た。

 それほど日本側には著者に返された検閲ゲラや資料が残っていない。民間検閲支隊(CCD)に蓄積された資料は約600個の軍用木箱に詰められて海を渡り「文庫」となった。日本人の言論意識の希薄さは現在も変わらない。(詩人・女性史研究者=千葉県)

(2020年4月24日朝刊掲載)

緑地帯 堀場清子 私を支える2本の脚 <1>

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