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連載・特集

ヒロシマの空白 被爆75年 国の責任を問う <6> 原爆症認定

「放射線起因」に限定

熱線や爆風 救済には壁

 被爆者は、そうでない人と比べてがんなどの病気の発症リスクが高いことが数々の研究から分かっている。被爆者健康手帳を持つほとんどの人が実質無料で医療を受けたり、健康管理手当を受給したりできるのは、一生健康に注意しなければならないためだ。

 しかし国の援護施策の中でも、「原爆症認定」は間口が極端に狭い。病気やけがが原爆放射線によること(放射線起因性)と、治療が必要な状態であること(要医療性)が認められれば医療特別手当が支給される制度である。

国の機械的判断

 「落ち込みました。国は被爆者に目を向けていないんだと」。内藤淑子さん(75)=広島市安佐南区=が声を落とした。生後11カ月の時、爆心地から2・4キロで被爆。47歳で白内障と診断された。被爆者に多い病気だ。2009年末に認定申請を却下され、国を提訴したが最高裁で逆転敗訴した。点眼薬を用いた経過観察が「要医療性」を満たさない、と判断された。

 国は、推定される被曝(ひばく)線量や病気の種類などから、原爆放射線が病気の原因である「確率」を算出。その数字で機械的に「放射線起因性」を判断し、申請の多くを却下していた。03年に日本被団協が主導して原爆症認定集団訴訟が始まり、全国17地裁で300人余りが順次提訴した。

 国は敗訴を重ねると、08年に放射線白内障やがんなど5つの病気を一定条件で「積極認定」する方針に転換。09年8月6日、当時の麻生太郎首相と日本被団協の坪井直代表委員が、集団訴訟の終結に向けた「確認書」を交わした。13年には7疾病を積極認定する「新しい審査方針」を決定。それでも却下処分は多く、内藤さんのように国を提訴する被爆者は後を絶たない。

 厚生労働省によると、18年度末の医療特別手当の受給者は、手帳所持者の約5%だ。01年度末の0・74%よりは高くなっているが、依然として壁は厚い。

 「放射線起因性」「要医療性」を厳しく見る原爆症認定は、熱線や爆風によるやけど、ケロイドの積年の苦しみを軽んじがちな面もはらんでいる。

 姫路市に住んでいた故塚本郁男さんは、14歳の時に爆心地から約2キロの皆実町(南区)で被爆時に大やけどを負い、左半身がケロイドになった。

 陸上自衛官だった。演習から戻ると、親指以外の4本が固着した左足は、包帯からしたたるほど出血していた。妻と長女弘子さん(59)が、泣きながら傷口を消毒した。真面目で我慢強い性格。通院しようとしなかった。

 退職後、妻に促されて原爆症認定を申請した。却下され、11年に提訴に踏み切ったが14年に死去。その翌年、大阪地裁判決は塚本さんの訴えを退けた。「これが認められないのなら、何が『原爆症』になるのでしょう」。弘子さんは問う。

裁判 負担大きく

 病と高齢を押して国と争うことは、被爆者にとって大きな負担だ。日本被団協は12年、国に新たな提言をした。原爆症認定と諸手当を見直し、被爆者全員に「被爆者手当」を支給。熱線・爆風によるケロイドなども含め、症状別に3段階で加算するという内容だ。

 これに対し加藤勝信厚労相は、17年の被団協との定期協議で「全員給付は他の戦争被害と区別できなくなり(中略)実現は難しい」と否定的な見解を示した。

 原爆被害はよく「熱線、爆風、放射線」と言い表される。実は被爆者援護法の前身である1957年の原爆医療法制定に際し、放射線と並んで熱線と爆風の被害も救済する方針が政府内で議論された。結局「予算の制約」で見送られた。「放射線起因性」で厳しく絞り込む原爆症認定制度は、この流れを引き継ぐ。

 被爆者間で、ましてやけどを負った空襲被害者に救済が広がれば、財政負担が増す―。国の隠れた本音が、被害者を今なお苦しめる。(山本祐司、山下美波)

(2020年5月27日朝刊掲載)

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