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連載・特集

イージス停止 国策の現場山口から <上> 翻弄される地域

計画の是非巡り分断

 「突然のことで…」。

 河野太郎防衛相が地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の配備計画の停止を発表した15日夜、候補地の山口県の村岡嗣政知事は直後の緊急記者会見で困惑を隠せなかった。囲まれた記者から「国防施策の方針転換を聞いたことがあるか」と問われても「ないです。もちろん」と戸惑うばかり。会見を中断し汗を拭う場面もあった。

「移住後悔した」

 急転直下の方針変更に配備候補地の陸上自衛隊むつみ演習場(萩市、阿武町)がある地元も驚きの声があふれる。神奈川出身で阿武町に移り住んだ飲食店経営飯田広さん(64)は「イージスの話が出たときは移住を後悔した。いまはほっとしている」と声を弾ませる。

 移住奨励金や就職サポートなど過疎を克服するための独自の定住支援策が奏功し、ここ10年は転入が転出を上回る阿武町では有権者の過半数が配備に反対。町長自ら「まちづくりを台無しにする」と撤回を訴えてきた。演習場近くに住み計画に反対の長嶋司さん(69)は「国の説明にうそはないとも思ったが、よく考えれば軍事上の秘密をわれわれに全て開示するわけがない」と計画停止を喜んだ。

 もう一方の候補地の萩市は人口減少が止まらず、産業も振るわない。会社員男性(41)も「イージス配備に伴う自衛隊員で人口は増えるし補助金ももらえるはずだった。何もなければ萩はもう終わりだ」と嘆いた。小学校に子ども2人が通う主婦(40)も「国はいいかげんだ。振り回された」と憤る。

「住民切り崩し」

 2019年3月の総会で受け入れ容認を決めた萩商工会議所の古見洋二専務理事は「安全安心の担保が大前提だったので話が違う。国の説明を待ちたい」と複雑な表情を見せる。

 国は19年6月、演習場近くの住民だけを対象に非公開の地区説明会を開いた。マスコミはおろか、萩市にも知らせず開催したため「住民の切り崩し」との批判も上がった。説明会では参加者から受け入れの「見返り」としてコンビニや診療所などの建設を求める声が上がったという。

 計画を容認する考えだった地元の男性(80)は「軍事施設は本音では嫌だが、年寄りばかりでは地域を維持できない。協力する代わりに見返りをもらうのは当然。これから地域はどうなるんかね」とため息をついた。

 国がむつみ演習場を候補地と伝えたのは18年6月1日。あれから2年余り。地域は「隣国北朝鮮に対する国防」という大義名分の国策に踊らされ続けた。配備計画の撤回を訴えた萩市の「住民の会」代表の森上雅昭さん(67)はこの2年間で反対署名を2万5千筆余り集めた。発表から一夜明けた16日もイージス計画の疑問点をまとめた冊子を各世帯に配り歩いていた。

 配備計画は停止となったが、地域では「まだ終わったわけではない」との不安や期待が交錯する。森上さんは「地域は計画の是非を巡り分断した。国策の責任者である安倍晋三首相がはっきり白紙撤回と表明しないことには」と求める。

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 政府が山口、秋田両県で進めてきた地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の配備計画を停止することを突如発表した。防衛省が配備に向けた地元説明を始めて2年。ときの宰相を送り出す「国策の地」は翻弄(ほんろう)され続けている。

(2020年6月17日朝刊掲載)

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