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連載・特集

ヒロシマの空白 被爆75年 つなぐ責務 <5> 被害実態の発信

「絶対悪」繰り返させぬ

若者も非人道性訴え

 戦後占領期の情報統制や、米軍による研究資料の接収。実態調査に消極的だった日本政府の姿勢。そして、一発で行政や医療、あらゆる都市機能を瞬く間に壊滅させるという核兵器の「特殊性」―。原爆被害の解明を阻む壁であり続けている。

 爆心地に近いほど、一家全滅した世帯が少なくない。特に周囲とのつながりが乏しかった場合、広島市の死没者調査でも把握されにくい。転入して間もなかった富山県出身の軍人の家族は、夫を除く妻子ら4人の名前が最近まで調査から漏れていた。

身元確認も困難

 平和記念公園(中区)内の原爆供養塔には、多数の遺骨が眠る。爆心地付近の地表は3千~4千度に達したとされ、超高温で身元確認も困難になるほど、生きたまま焼き尽くされた。

 生き残った被爆者は、原爆放射線の健康影響のリスクに直面する。被爆から時間がたって現れる「後障害」の研究は続く。被爆後60年を過ぎて、骨髄異形成症候群(MDS)の増加が見えてきた。血液内科医で広島大名誉教授の鎌田七男さん(83)は「被爆者は生涯、原爆から虐待を受け続けているようなもの」と語る。

 「被爆2世」への遺伝的影響の有無も結論は出ておらず、不安を抱えて生きる人たちがいる。原爆は、戦争に関わりのない世代まで苦しめているのだ。

 解明されていない事実の多さ、それ自体が「核兵器の非人道性」を物語る。自らの体験に裏打ちされた思いから、被爆者団体は死没者への補償や生存者援護に加えて、「核兵器廃絶」を懸命に訴えてきた。

 3年前、まさに「核兵器の非人道性」という考えに基づいて、122カ国・地域の賛成により核兵器禁止条約が採択された。被爆者の訴えが議論を後押しし、条約の前文に「被爆者」の言葉が刻まれた。

 しかし日本政府は、核保有国の側に同調し、国連であった交渉会議に加わらなかった。米国の「核の傘」に依存する安全保障政策を取っているからだ。家族を失い、人生を残酷なまでに変えられ、病気と闘う当事者にとって、自国の政府がその兵器を「必要悪」としている事実は、耐えがたい苦しみだ。

代弁姿勢見えず

 外交努力を担うべき政府に、国際社会に向けて被爆者の声を十分に代弁する姿勢が見えない中、「核兵器の禁止、廃絶は生き残った者の務め」と今年に入り被爆者の田中稔子さん(81)=東区=たち一行は、インドネシア大使館などを訪れた。核兵器禁止条約の早期批准を要望した。

 一緒にいたのは、慶応大2年の高橋悠太さん(19)=横浜市=だ。盈進高(福山市)在学時から被爆証言の聞き取りや平和活動を続け、今は核兵器廃絶を訴える「ヒバクシャ国際署名」に取り組んでいる。

 東京で「原爆被害を遠い過去の歴史のように感じる若者も少なくない」と温度差を感じている。新型コロナウイルスの影響で被爆者の証言活動が制限される中、3月と5月に「オンライン被爆証言会」を仲間と開催。大学生たちがビデオ会議システムを通じて被爆者と対話した。「漠然としたイメージで『被爆者』を捉えるのではなく、名前を持つ一人一人であることを実感し、奪われた命の重さと、悲惨な体験に触れる機会をつくりたい」と話す。

 たった一発が、どれほどの被害を引き起こしたのか―。被爆者、市民、被爆地の行政、研究者らが事実を掘り起こし、「空白」を埋め、発信しようとする努力は、決して「絶対悪」を繰り返させない、というヒロシマからの意思表示でもある。被爆国や核兵器保有国の政府は、誠実に向き合っているか。世界には、なおも1万3千発を超える核兵器が存在している。(水川恭輔、山本祐司、山下美波)

(2020年6月22日朝刊掲載)

ヒロシマの空白 被爆75年 つなぐ責務 <1> 市民の手で

ヒロシマの空白 被爆75年 つなぐ責務 <2> 遺族捜し

ヒロシマの空白 被爆75年 つなぐ責務 <3> 資料の活用

ヒロシマの空白 被爆75年 つなぐ責務 <4> 問い直す

ヒロシマの空白 被爆75年 つなぐ責務 <6> 諦めない

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