×

ニュース

呉空襲75年 継承願う コロナで慰霊式中止 市役所で職員黙とう

 太平洋戦争末期に呉市中心部で特に大きな被害を出した呉空襲から1日、75年を迎えた。戦没者や空襲犠牲者の慰霊の集いは今年、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて中止にする例もあるが、関係者は記憶の継承を願う。(仁科裕成)

 呉海軍工廠(こうしょう)などがあった呉市では、市街地に最大の被害を出した1945年7月1日深夜~2日未明の空襲をはじめ、同年3~7月の断続的な空襲で約2千人が犠牲になったとされる。この日、市役所では正午に職員たちが1分間黙とうし、犠牲者を悼んだ。

 今年は新型コロナに伴い、例年6月末に市などが主催する戦没者や空襲犠牲者の合同慰霊式が中止になった。呉海軍工廠で亡くなった動員学徒たちの慰霊祭を主催する「殉国之塔保存会」も、同市警固屋の塔前での集いを取りやめた。例年、2年生が参列してきた地元の警固屋中では、道徳の授業で空襲について考える機会を設けた。

 市内の学校などで呉空襲を語り継いできた元高校教諭で「呉戦災を記録する会」の朝倉邦夫代表(83)は、新規資料を追加するなど会のホームページでの発信に力を入れ、「直接伝えられないのは残念だが、記憶を伝承する人を増やしたい」と話す。

(2020年7月2日朝刊掲載)

年別アーカイブ