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連載・特集

小川洋子さんと読むアンネの世界 <上> 言葉の空

 戦後75年のことしは、ユダヤ人の少女アンネ・フランクの没後75年の年でもある。第2次大戦中、ナチス・ドイツの迫害を逃れ、隠れ家に身を潜めながら「アンネの日記」をつづった。書くことで自分を見つめ、励ました。くしくもコロナ禍で、思いがけない壁に直面しているアンネと同世代の君に手に取ってもらいたい。アンネの日記との出合いが小説家になる原点という作家の小川洋子さん(58)=兵庫県西宮市=に、日記の世界を案内してもらう。(聞き手は鈴中直美)

日記の中だけの自由

広い世界 想像で旅する

 日記といえば日々の出来事をつづり、自分の内面を吐き出すものだと捉えがちです。でもアンネは違いました。「キティー」という架空の読み手を作り、その女の子と会話するような形式で書き進めています。すごいアイデアです。

 この手法によって書き手としての客観的な立場を確保し、自分だけでなく周りの大人たちを鋭く観察していくのです。それをまた的確な言葉で描写し、一つの世界をつくり上げている。これは優れた「日記文学」といえるでしょう。

 日記では、隠れ家でともに暮らす大人たちの人物像がはっきりとイメージできます。ファン・ダーン一家や歯医者のデュッセルさんたち一人一人の個性が際立ち、声が聞こえてきそう。アンネは人間に興味がありました。他人に対して切実に思いをはせ、できるだけ近づこうとする。その人の心の中を一緒に旅する―。日記帳に広がる「言葉の空」を自由に羽ばたいて、アンネは自分の視野や世界を広げていきます。

 狭い隠れ部屋で日記を書く少女の姿が目に浮かびます。日記帳の中にだけ自由がある。その誰にも邪魔されない自由を味わい尽くしたい状況だったのだと思います。いろんな大人を観察し、時に疑問を抱いたり反発したりするうち、アンネは「じゃあ自分とは何者か、どう生きるべきか」という問題に行き着きます。それをキティーを通じて自分に問いかけ続けるのです。

 アンネは抑圧された日常でさえ楽しむことに積極的でした。小さなことも見逃さない力があるのです。ちょっとした喜びを探すのが上手。何でも事件にしてしまうとか。漫然と学校に行っているだけでは気づかないことが、制限された生活の中では一つ一つ光って見えているのです。制限された生活だからこそ書けた日記なのかもしれません。

 嘆いたり、愚痴をこぼしたりするのは簡単なこと。大切なのはその先です。幸せを見つけていくことはエネルギーが要るけれど、結局はその行動こそが自分を元気づけるのです。

 皆さんに一つだけ意識してもらいたいことがあります。これは大人が子どもに何かを教え伝えるために書いたものではなくて、隠れ家に閉じ込められた子どもが書いた日記ということ。1冊のノートから広い世界を旅した少女の記録なんだってこと。想像するだけで、これだけの広々した世界を旅できるということに気付き、感動してほしいのです。

おがわ・ようこ
 1962年岡山市生まれ。早稲田大卒。91年「妊娠カレンダー」で芥川賞。94年、念願のアンネ・フランクの隠れ家とアウシュビッツ強制収容所跡を訪れ、エッセー「アンネ・フランクの記憶」に記す。2004年「博士の愛した数式」が本屋大賞などを受賞しベストセラーになった。06年「ミーナの行進」で谷崎潤一郎賞。その後「ことり」「小箱」など出版。

  アンネの日記
 アンネの13歳の誕生日である1942年6月12日から、秘密警察に逮捕される直前の44年8月1日までの2年余りの日々が日記に記録されている。アンネは45年に強制収容所で亡くなったが、隠れ家に残っていた日記はフランク一家を支援した女性が保管。のちに出版された。

(2020年7月20日朝刊掲載)

小川洋子さんと読むアンネの世界 <下> 10代の君へ

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