核なき世紀活字に 原爆テーマの出版相次ぐ

'00/8/5

 六日の広島の「原爆の日」を前に、被爆体験集や原爆をテーマに した小説などの出版が相次いでいる。今年は被爆五十五周年。願い は、被爆体験の継承と「核兵器のない世界」の実現への熱い思いで ある。

 ▽アトピー少年の物語

 川崎市在住の会社員中野慶さん(42)が、沖縄と、広島の原爆をテ ーマにした児童文学「やんばる君」=写真=を執筆し、童心社(東京)から 出版した。

 アトピーに悩む主人公の中学一年生が、ケロイドを負った被爆者 も「かゆみ」に悩まされていたことを知り、なぜ被爆体験の証言に かゆみのことがさほど出てこないのだろうとの疑問を夏休みの自由 研究のテーマとして調べていく―というストーリー。タイトルのや んばる君は、鳥であっても空を飛べないヤンバルクイナにちなんだ 主人公のあだ名。沖縄への思い、同級生との淡い初恋なども織り交 ぜながら、主人公は被爆者と自分のかゆみに向き合っていく。

 作者の中野さんは「自分もずっとアトピーに悩み、被爆者のかゆ みの問題を知って原爆被害を身近に考えるようになった。原爆とい う昔の出来事を、今の子供たちがどうやって自らの皮膚感覚で考え ていけるのか。新たな懸け橋の一つになればと思って書きました」 と話している。出版社に勤めながら「一生に一度だけ小説を書きた い」との思いで、原稿用紙三百枚を五年かけてまとめた。

 ▽旧制広島高校の卒業生が文集

 広島大の前身である旧制広島高校の卒業生が、自らの被爆体験や 亡くなった旧友への追悼をつづった文集「廣高と原爆」=写真=を発行し た。被爆直後の悲惨な様子を記した行間に、平和を願う思いがにじ んでいる。

 A5判、三百四十四ページ。四十四人が体験記や詩、論文などを 寄せた。南区翠一丁目にあった同校には原爆投下当時、約二百七十 人が在籍し、一、二年生全員が日本製鋼所広島製作所(安芸区船越 町)に勤労動員されていた。八月六日は製作所に電気が来ない「電 休日」だったため、自宅に帰るなどしていた三十二人が被爆死し た。

 被爆三年後の一九四八年に卒業した会津大名誉教授内海健寿さん (72)は、亡くなった級友四人の思い出を書いた。「世のため人のた めに働きたい」という思いを遂げられなかった韓国の学生や、真っ 黒に焼けただれ足の指にうじがわいていたピアノの名手…。大学で は人間は平等であると、学生に思いを伝えてきたという。

 爆心地から一・八キロの比治山橋で被爆した四九年卒業の大阪大 名誉教授森田孝さん(71)は、自分のやけどが回復していく様子を詳 しく書き、「生きる希望が生まれてきた」と振り返っている。

 文集は八百部作り、広島市中央図書館や県立図書館に寄贈した。

 ▽12人が「あの日」語る

 被爆者からの聞き書きや手記などをまとめ、被爆体験の継承に取 り組んでいる新日本婦人の会県本部編集の証言集「木の葉のように 焼かれて」の第三十四集が発刊された。

 広島市内の被爆者十二人が手記や同本部のメンバーによる聞き書 きで体験を寄せている。被爆直後の広島の惨状、けがの治療後も続 く死の恐怖、家族や友人を失った悲しみなどをつづり、「世界中の 人たちが仲良くして」「戦争は二度とやってはいけない」などと呼 び掛けている。

 また、臨界事故のあった茨城県東海村を訪れた医師や、チェルノ ブイリ原発事故で被害を受けた子どもたちの支援に取り組む被爆者 の手記なども掲載している。証言集の発行は一九六三年からほぼ毎 年一回のペースで続いており、これまでに体験を寄せた被爆者は約 五百人に上る。

 二千五百部発行し、一部五百円で販売する。問い合わせは同県本 部シ082(263)0402。


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