中国新聞社

2000・3・25

被曝と人間 第3部 ある原発作業員の死
〔4〕2つの基準

法定線量以下で労災

  ■会社は因果関係否定

 中部電力浜岡原子力発電所(静岡県浜岡町)で作業していた嶋橋 伸之さん=当時(29)=が慢性骨髄性白血病で亡くなって間もない一 九九一年末。両親は会社側と一通の覚書を結んだ。「労災補償」に 見合う金額として弔慰金三千万円を支払うことで、嶋橋さんの死に 関して異議を述べず、一切の請求はしない、というものだった。

 ところが、両親は九三年五月、息子の死は原発内での作業中に被 曝(ばく)したためだ―として、磐田労働基準監督署(同県磐田 市)に労災認定を申請した。嶋橋さんの母美智子さん(62)は、語気 を強める。

 「労災を申請しないよう会社に説得された。お金は受け取りまし たが、放射線管理手帳はなかなか返ってこないし、しかも手帳は訂 正だらけ。あの子に落ち度があったのか、それとも病気は仕事のせ いだったのかはっきりさせたくて…」

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嶋橋さんの労災申請を審査した磐田労働基準監督署。母の美智子さんは幾度となく訪れた

 申請には、書類のほかに放射線管理手帳と作業内容などが書かれ た遺品のノートも添えて提出した。

 申請を支援した海渡雄一弁護士は言う。「八年十カ月の作業、計 五〇・六三ミリシーベルトの被ばく線量は労災の認定基準を満たし、 認められる自信はあった」。海渡弁護士は各地の原発関係の訴訟に かかわっている。

 放射線被ばく者に対する白血病の労災認定基準は、七六年に労働 基準局長通達として出された。@相当量の被ばくA被ばく開始後少 なくとも一年を超える期間を経ての発病B骨髄性白血病またはリン パ性白血病であること―の三要件を定めている。相当量の被ばくは 「五ミリシーベルト×従事年数」と解説で明記している。

 嶋橋さんの場合、被ばくの相当量は約四四ミリシーベルトとなり、 約六ミリシーベルト上回っていた。

 九四年七月末、磐田労基署は申請を認め、原発での被ばくと病気 に因果関係があるとみられる、と判断した。

 だが、中部電力は記者会見などで認定に対し「法定の年間被ばく 限度五〇ミリシーベルト以下で、認定は、被ばくと病気に直接的な因 果関係があることを意味していない」との見解を繰り返す。

 年間五ミリシーベルトと五〇ミリシーベルト。労災と法定の二つの基 準は、なぜこうも大きく違うのか。磐田労基署の仲野寛署長は双方 の数字の性格を説明する。

 「法定限度以下なら絶対発病しないとは言えない。労災は、基準 を上回る被ばくをして発症したとき、業務と病気に因果関係がある とみなそう、というのが趣旨だ。法定の五〇ミリシーベルトが予防基 準であれば、労災認定は救済の目安ということになる」

 嶋橋さんの労災が認定されたニュースは、原発の町・浜岡町でも 駆け巡った。

 浜岡総合病院で嶋橋さんを最初に診断した小野七生医師(50)は、 成り行きを冷静に見守っていた。「白血病の労災認定は、社会や経 済情勢などのさまざまな事情や、その時代の空気によって決まった ものだと思いますから」

 両親は三年半前、浜岡町の家を手放し、神奈川県横須賀市に戻っ た。原発を見たくなかったからだ。認定を得た今でも、美智子さん は割り切れない思いを抱いている。

 「労災と認定されたのに、どうして電力会社は病気と仕事は関係 ない、と言い切るのでしょうか。あの子のような仕事で病気になっ た人たちのために、労働状態を改善することが大切なのに」


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