(01.08.03)

社説 非核の新世紀を

 原体験生かす研究に

 「成り立ての幼稚園長のようなものです」―広島平和研究所の福 井治弘所長は先月末、広島市内で開いた国際シンポジウムのあいさ つを自己紹介から切り出した。研究所の歴史の浅さ、学界での平和 研究の地位の低さ、先行する軍事研究…新世紀の入り口に立ったシ ンポジウムは、核廃絶の世界を目指す学問研究の停滞ぶりを映した ようにも見えた。

 広島市立大付属機関として生まれた平和研はまだ三歳四カ月の園児 に等しい。初代所長が中途で辞任。二年二カ月も所長不在が続いた のは難解で地味な学問領域、人材の不足、広島と中央との距離など を物語る。二代目所長に福井氏が就任してまだ四カ月で、専任研究 員はわずか三人。外務省の外郭団体と「核不拡散・核軍縮の東京フ ォーラム」を共催、報告書を国連に提出した程度で、対外的業績は 乏しい。核軍縮など二つのテーマで研究会を重ねている。機関紙は 年に三回の発行で、質量ともにまだ物足りない。

 南山大教授だった福井所長は海外での研究が長く国際関係論が専 門。平和研究分野の経験はほとんどなく、手腕は未知数といえる。 招請を受けたのは「平和研究は国際政治学の中心テーマで世界に貢献 できる。広島でこそ独創的な研究ができるから」と言う。その情熱 に期待したい。

 このほど募集した研究員に内外十四カ国から約百人 の応募があり、年度内に数人がスタッフに加わる。数年間で十六人 体制にする計画だ。着実に軌道に乗せたい。

 当初掲げた核軍縮プロセスなど四つの研究テーマも見直し(1)平和 理論の構築(2)広島・長崎の原爆体験(3)核兵器と通常兵器の軍縮―廃 絶(4)アジアの平和―などに整理した。被爆体験に根差した研究を基 本テーマに据えたのは当然だ。これまで研究スタンスが「核軍縮」 に力点が置かれ「核廃絶」を訴える被爆地とのギャップ感が批判を 買ってきた面も否めない。「市民の税金に依拠する立場を踏まえ、 市民の声を反映し市民に成果を還元する機関に」との意見も受け止 めた姿勢として歓迎したい。

 平和研究領域は民族や宗教の紛争、貧困、飢餓、環境破壊から足 元の暴力、いじめなどと広がっている。研究機関も内外に多い。だ からこそ核問題を重点に据えて「独創性」を発揮すべきだろう。先 輩格の広島大平和科学研究センターは発足から二十六年。平和関係 蔵書一万四千件は国内屈指というが「核情勢の把握と分析」の域を 出られないと反省する。

 被爆の体験、運動、平和思想の歴史研究を 学問的に深め「ヒロシマの思想化」を進めねばならない。歴史ある 内外の平和研究所とネットワークを築くなど多角的な営みから 思想化の展望が見えてくるはずだ。大学の「平和学」講座を学部や 専攻へと充実し、広島・長崎講座を世界へ広げるにも思想化が欠か せない。

 学界もかつて政府の核政策に抗議を発してきたような強い主張は 控える傾向が進んでいる。戦争体験世代が減ってきたこともあろ う。反核NGO「ピースデポ」の梅林宏道代表は「核情勢に機敏に 対抗する発言を」と求める。「象牙の塔」から出て市民運動へ還元 できる研究の在り方も問われている。


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