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つなぐ チェルノブイリとヒロシマ
「原発」の町から 現実的な自立支援模索 ('06/6/1)

 そよ風が吹く瀬戸内海の島に、初夏の日差しが降り注いでいた。

 山口県上関町。原発建設計画をめぐり、揺れる過疎の町を、広島の医師らと協力する「チェルノブイリ支援運動・九州」代表の矢野宏和(35)=福岡県飯塚市=と訪ねた。

 ▽「遠くのこと」

 矢野は、早稲田大に入るまで隣の柳井市で暮らした。チェルノブイリ原発事故が起きた一九八六年は高校生。事故に関する本を読み、深刻さに衝撃を受けた。だが、すでに議論を呼んでいた隣町の原発建設は「遠くのできごと」ぐらいにしか思わなかったという。

 上関大橋を越え、中国電力が原発PRのため港近くに建てた施設で、原発推進派の町づくり団体事務局長井上勝美(62)と会う。「ほう、ダムの近くに住んでたんじゃね」。矢野の出身地の話題になり、場が和む。

 「原発で町はよくなりますか」と、矢野が尋ねる。井上は「原発だけでいいとは思っていないよ。でも人口はどんどん減るし、自然を見つめるだけでは食べていけない。分かるかな」と淡々と話す。

 矢野は大学在学中、休学してブラジルに渡り、日系人向け新聞社で働いた。「自分探しの時期」と振り返る。そこで、有機コーヒー豆の収益の一部を原発被災者救援に充てている福岡県のコーヒー販売会社の社長に出会う。「支援運動・九州」のメンバーでもあった。

 チェルノブイリ以来、原発に疑問を抱いていた矢野は卒業後、その社長の会社に入社した。市民団体の一員として、被災地を精力的に訪れた。

 支援は試行錯誤の連続だった。当初はベラルーシに物資を送ったり、保養所の経営に取り組んだりした。現地から甲状腺がんの患者を招き、各地を講演して回ったこともある。その時の苦い体験が忘れられない。

 ▽憤る被災女性

 ある集会でのこと。演壇の被災者に対し、母国で反原発運動に取り組むよう求める発言が相次いだ。ベラルーシの若い女性は怒って席を立ってしまった。「医療支援を訴えるために来日したのに、政治活動に利用されている」と憤ったのだ。

 こちらの考えを押し付けるのでなく、現地が求める支援こそ必要だ―。そう痛感した矢野は原発への批判は持ちつつ、現地に根ざした医療支援をさらに模索していく。

 「現状を知りたい」と訪れた上関町は、人口減少率が中国地方で最も高い。過疎の現実は想像以上に厳しかった。重い空気を引きずったまま、住民の九割が原発反対という祝島へ向かった。

 沖合に浮かぶ離島は、港に面する限られた平地や、のり面に家が並んでいた。あちこちに「原発絶対反対」と書かれた看板が立つ。一九六〇年に約二千九百人いた人口は五百七十一人にまで減り、六十五歳以上が七割を占める。三十一日現在、二十歳代は十一人、十九歳以下は六人だけだ。

 石と粘土を積み上げた「練り塀」に囲まれた家々の路地を歩くと、すれ違う人たちが気さくに声を掛けてきた。お年寄りばかりだ。港からわずか四キロ先の対岸に原発予定地が見える。海面にはボーリング用の台船が浮かぶ。広島で入市被爆した一人暮らしの酒井キヨ子(81)は「毎日、目と鼻の先に原発を見て暮らすことになる」と原発計画に怒りを訴える。

 ▽島でビワ栽培

 「地場産業をおこすなど島で食べていけないんですかね」。矢野が問うと、ある若者を紹介された。六年前に大阪から帰郷した山戸孝(29)。島内でビワを栽培し、インターネットでの販売にも取り組んでいる。

 翌朝、山戸と妻明代(25)やお年寄りらのビワの収穫に同行した。果実はまだ小さかった。収穫はあきらめ、虫よけの袋を実にかぶせた。山戸は「どこまでやれるか分からないけど頑張りますよ。島にずっと住みたいですから」と語る。

 矢野は、一緒に作業するお年寄りらが販売するビワの葉のお茶に強い興味を持った。「これ、おいしいですよ」。赤っぽい茶は、口に含むと甘みがあった。

 矢野は、有機コーヒー販売会社の営業部長でもある。ブラジルで仕入れたコーヒー豆を、適正な価格で売るフェアトレード(公正な貿易)を生業にしている。「二千人以上いる支援運動の会員に呼び掛ければ、商売としても面白い。原価はタダ同然ですから。少しでも島の役に立ちたい」。現実的な支援を模索し続ける矢野らしい発想だ。お年寄りたちと笑顔で連絡先を教え合っていた。

 「地方の自立の大変さを実感させられた。自分に何ができるのか、考えてみます」。矢野はそう話しながら、古里を後にした。<文中敬称略>(滝川裕樹、写真も)

【写真説明】酒井さん(右)の案内で、祝島の「練り塀」の路地を歩く矢野さん


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