公式見解は「開発可能」/原爆製造


カイゼ・アザム大学院大学のカフェテリアで同僚と
昼食を取るパベーズ・フッドボーイさん(右)。「核兵器
を保有しても、先進国の仲間入りをしたことには
ならない」
(イスラマバード市)

 「パキスタンが原爆を持っているかって? それを知るのは一握 りの軍高官と政治家、そして製造に当たる科学者だけだろう」

 昨年十月半ば、パキスタンの首都イスラマバードのカイゼ・アザ ム大学院大学で会った物理学者のパベーズ・フッドボーイ教授(46) は、率直にこう言った。

 彼によれば、核兵器製造は、科学としてみればもう何の秘密もな い、という。第二次世界大戦中、米国が人類で初めて取り組んだ原 爆製造のための「マンハッタン計画」のころであれば、自然界の原 理を探求、発見するといった科学者の天才的な能力を必要とした。

 「でも、現在はむろん、七〇年代でも核科学は未知のものを探求 するというより、主要には工学技術レベルの問題だった」

 フッドボーイさんがそう言うのには十分な裏付けがあった。高校 卒業後、米国東部のマサチューセッツ工科大学(MIT)へ留学。 わずか六年間の滞在で学士から博士号(核物理)までを取得。研究 のために利用したMITをはじめ、理工系の蔵書の多い図書館であ れば「原爆製造に関する文献に接するのに困難はなかった」と打ち 明ける。

 「例えば…」と、彼は研究室の机に資料を取り出して言った。 「国際原子力機関(IAEA)が、湾岸戦争後の査察で見つけたイ ラクの原爆製造計画。これはマンハッタン計画時のデータをそのま ま模倣したものだった」。かつて機密扱いだった関連文書。それが オープンになり、ますます正確なデータが得られるようになってい る、という。

 既知の原理を応用して必要な兵器レベルの核物質を取り出し、爆 弾に組み立てる…。それ自体高度な技術を伴うことを彼は否定しな い。日本などと違い先端技術をはじめ産業の遅れているパキスタン では、なおさら困難を伴う。

 「でも、国家プロジェクトとしての力強い支援があり、原爆製造 にかける関係者の固い意思と努力があれば、発展途上国でも十分製 造は可能だ」と力説する。

 パキスタンの核兵器開発は、七一年の第三次印パ戦争に敗北した 直後から始まり、七四年のインドの核実験成功で拍車がかかったと 言われる。米中央情報局(CIA)などは、「中国が技術援助して いる」と一貫して指摘してきた。

 原爆製造計画の陣頭指揮に当たったアブドラ・ハーン博士(61) は、八四年二月の国内紙のインタビューに対し「濃縮ウランの分野 で西側諸国の独占を打ち破った」と表明。もし大統領が命令すれば 「われわれには核兵器を造る能力がある」と答えている。

 パキスタンはプルトニウムを使ったインドの核実験と違い、広島 型原爆と同じ高濃縮ウランを利用する道を選んだ

 フッドボーイさんは「八六年に原爆を保有したという見方もあれ ば、八七年だという人もいる。でも、パキスタン政府も軍部も、そ れを否定も肯定もしたことがない」と言う。

 インドと同じように、「核兵器開発の能力がある」というのがパ キスタン政府の公式見解である。

 核兵器保有の事実はあいまいにしたまま、持っているとの印象を 与えることが、戦争の抑止効果を上げている―。それがパキスタン 人の大方の見方である。

 しかし、フッドボーイさんは、この状況が「両国間の緊張を高 め、相互不信を高める原因にもなっている」と言う。

 自国の核兵器開発に加わらなかった彼。参加しなかったのは、自 然の秘密を探る科学者として「純粋な興味と好奇心を抱けなかった から」というばかりではない。それ以上に「核保有は自国の安全を 高めるより、両国の破滅につながる」との強い信念からだった。

 「今のような両国関係が十年、二十年と続けば、偶発核戦争だっ て起きかねない…」。フッドボーイさんの憂いは深い。


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