中国新聞

タイトル 第1部 それぞれの思い 
 
 1.山里の町長

頭上の米機 不安の日々
 ―届かぬ実情 国に不信
地図

  読経の音かき消す

 今年一番の寒波が襲い積雪が一段と増した二十一日朝。広島県山 県郡芸北町の役場で、町長の増田邦夫さん(68)は腹の底に響くよう なごう音をまた聞いた。米軍機のいつもの飛行訓練である。「こん な天気でも同じ。いったいいつまで続くんじゃろうか」

 年末年始にも毎日のように、米軍機はわが物顔で飛び回った。町 長室のテレビで、自ら昨秋、飛行実態を撮影したビデオを再生して くれた。「うるさい」「くそっ」。機影を追いながら思わず吐き捨 てた声も収録されていた。

 中国山地のふところ。町は米軍岩国基地所属の攻撃機の訓練空域 「エリア567」の下にある。朝鮮半島情勢の緊迫化を反映して か、昨年一年は四百回近い飛行が確認された。二機が上空を旋回 し、「空対空」の戦闘訓練も繰り返す。通夜のお経が爆音でかき消 されたこともある。

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役場までで米軍機が飛んだ上空をにらむ増田町長。 訓練に天候は関係ない
(21日、広島県芸北町)

 町長自ら飛行訓練の中止を訴える運動に加わり、今年で四年目。 「米軍の低空飛行の即時中止を求める県北連絡会」の副会長であ る。昨年一月には同じ岩国基地の米軍機が訓練中、高知沖に墜落し た。「いつ落ちるかひやひやで、たまったもんじゃない。事故があ ってからでは遅い」

 終戦の三年後、合併前の旧中野村職員に。町長時代も含め五十二 年間、役場に勤める。進駐軍を見ることのなかった山里。増田さん はむしろ米軍には親近感を抱いていた。一九六三(昭和三十八)年 の豪雪で孤立する町に、岩国基地のヘリコプターが生鮮食料品を運 んでくれたからだ。

 その思いが少しずつ揺らぎ出すのが、教育長だった十三年前。岩 国基地のファントム戦闘機が、隣の山県郡大朝町の山中にミサイル を誤って落としたのがきっかけだった。

 助役から町長に初当選した九四年前後から、米軍機がひんぱんに 姿を見せ、役場に苦情が集まるようになる。米軍が九七年にその存 在を正式に認めるまで、町の上空が訓練空域になっていることなど まったく知らなかった。

  市民団体とも協力

 増田さんは自民党県議の後援会長。日米安全保障条約には反対で はない。「日本を守るためには必要だと思うし、基地をなくせとい うのは現実的でない」とも考える。だが、米軍機の訓練に対する国 の姿勢には強い疑問を感じる。米軍や国からは今に至っても町に正 式に説明はなく、実態の視察もないからだ。

 連絡会の活動は、日米安保に真っ向から反対する共産党支持の市 民団体も加わる。「住民の安全を守る点では、保守も革新もない」 と増田さん。

  町が目撃情報収集

 町は昨年十月、目撃情報収集のための要綱を制定し、飛行訓練の 正式な実態調査を始めた。二百五十三平方キロという広大な面積の 町内で学校、商店など四カ所を調査ポイントに定め、詳しい飛行状 況を町に報告してもらう。全国で初めての試みだ。

 山里の町が直面する「安保」。増田さんは言う。「黙ってがまん するのではなく、実態を一つずつ記録して地道に訴える。それくら いのことしか、われわれにはできんですよ」

 《エリア567》広島、島根県にまたがる三角形の空域で、一九 七一年に設定された航空自衛隊の訓練空域を米軍が利用。九七年九 月、広島県の照会に岩国基地が訓練の実態を認めた。攻撃機ハリア ー、ホーネットなどが目撃され、ダムなどを目標に有事を念頭に置 いた戦闘訓練をしているとみられている。


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