NPT会議でNGO代表が初の演説

'00/5/5

 【ニューヨーク3日江種則貴】 米ニューヨークの国連本部で開催 中の核拡散防止条約(NPT)再検討会議は三日午後(日本時間四 日午前)、公式会合としては初の非政府組織(NGO)による演説 があり、被爆地から参加した伊藤一長長崎市長が「世界の市民の力 を結集し、人類の良心を動員することによって核兵器の廃絶は可能 だ」と各国政府代表に核兵器の全面禁止を訴えた。

 約八十カ国の政府代表ら約三百人を前に、伊藤市長はインドやパ キスタンの核実験、米国の包括的核実験禁止条約(CTBT)批准 否決、米ロの臨界前核実験など、最近の核拡散や核軍縮停滞を強く 批判。

 さらに、広島、長崎の被爆体験を「五十五年後の今日でも三十万 人の被爆者が命を脅かされ、原爆後障害で苦しんでいる」として、 「核兵器が存在する限り人類の恒久平和はあり得ない」「人類は滅 亡の危機から依然として逃れられず、『核の呪縛』から脱却できず にいる」と、核保有国に根強い核抑止論に警鐘を鳴らした。

 最後に伊藤市長は「二十一世紀を核兵器のない世界とし、子供た ちが平和に生きる世界をつくるため、ともに努力しましょう」と訴 え、核兵器全面禁止条約の早期締結など、核兵器廃絶に向けた国際 社会の結束を呼びかけた。

 このほか、各地のNGOから十以上の代表が演説。「インド核軍 縮運動」代表でジャーナリストのアチン・バニク氏は印パの核実験 に触れ「南アジアが世界で最も危険な核兵器の対決に直面してい る」と述べ、核武装に走る自国を批判。昨年五月のジャム・カシミ ール州のカルギル地区を舞台にした両国の軍事衝突について「双方 は核兵器の警戒態勢を高め、使用に向けて準備を進めた形跡があ る」とも指摘した。

 また、米国のNGO「ネーション・インスティテュート」のジョ ナサン・シェル氏は、米政府の核抑止論を「非論理的」「アクセル とブレーキを同時に踏み込むようなものだ」と糾弾。国家の壁にと らわれないNGO代表の意見は、これまで政府代表による自国の論 理の主張が目立った、再検討会議の論議に新たな潮流を引き込ん だ。

 ▽政府レベル論議に刺激

 ●NPTの行方

 六回目を迎える核拡散防止条約(NPT)再検討会議で非政府組 織(NGO)による意見発表の場が初めて設けられた背景には、N GO側からの強い働きかけがあっただけでなく、政府レベルに終始 しがちな議論に、新たな刺激を与えようという国連側の意図も読み 取れる。各国からの意見がほぼ出そろった今回の再検討会議で、こ の日の「市民の意見」がどこまで最終合意に反映されるか、会議の 新たな焦点となった。

 ◆国連が”後押し” 最終合意にどう反映

 前回九五年の再検討会議以降、この五年間に開かれてきた準備委 員会でも、NGOは各団体の意見を集約して提出するなど、政府レ ベルで進められる会議に市民の意見をぶつけようと精力的に働きか けてきた。

 加えて、今回の再検討会議の冒頭、国連のアナン事務総長が米国 の本土ミサイル防衛(NMD)構想を鋭く批判したように、会議を 運営する国連側にも「核軍縮の停滞が顕著な国際情勢だからこそ、 核保有国の主張に一定のタガをはめよう」との思惑があると見られ る。この点もNGOによるプレゼンテーションが実現した背景であ ろう。

 その象徴が、伊藤一長長崎市長の発言席。他のNGO代表はフロ ア席から発言したが、伊藤市長はバーリ再検討会議議長、ダナパラ 国連事務次長と並ぶひな壇に招かれた。「被爆地の果たしてきた役 割に敬意を表したい」という、二氏の特別な計らいであり、しきた りにこだわる国際会議では異例の待遇。結果的に、核兵器廃絶の訴 えを力強く響かせる効果を生み、伊藤市長が米国を批判すると、ざ わついていた会場が静まり返る場面もあった。

 伊藤市長の演説を聞いたナイジェリア外務省のルフス・アケジュ 国際組織局長代理は「核保有国に対抗するための心強いサポート」 と歓迎した。名指しで批判された米国からもジェームズ・ケルマン NPT会議代表団広報担当のように「最も印象的なスピーチ。心の 底からのアピールとして聞いた」との感想がもれた。(江種則貴)

【写真説明】3日、ニューヨークの国連本部で開催中の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で演説する長崎市の伊藤一長市長(左)(共同)


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