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「ロシアが抱える深刻な放射能汚染状況を世界の人びとに知ってもらいたい」と訴えるアレキサンダー・ニキチンさん(サンクトペテルブルグ市)

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「高レベルの放射能で汚染された施設の解体作業には大きな危険が伴う」と話すジェームズ・ワーナーさん(ワシントンDC)

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「核兵器工場や大気圏核実験は自国民に放射能戦争を仕掛けてきたようなもの」と話すバーナード・ラウンさん(ボストン市郊外)

中国新聞

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21世紀 核時代負の遺産 取材を終えて  
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■ 軍縮が汚染拡大防ぐ道 ■  
 昨年九月から始めた特集連載「核時代 負の遺産」では、核超大国である米国とロシア(旧ソ連)の核兵器関連施設や核実験場、炉心溶融事故が起きた原子力発電所などの現場を訪ね、その実態をリポートしてきた。取り上げた核施設などは一覧の通りである。「核の時代」と呼ばれた二十世紀。前世紀が生み出した放射能汚染や被曝の現状は、いずれのケースを取っても深刻である。言ってみれば、「核超大国」とは「放射能汚染大国」であり、「被曝大国」でもあった。しかも、ヒバクシャの多くはなお国から「放射線被害者」としてさえ認知されておらず、仮に認定されても、わずかな支援しか得られていないのが実情である。一方で新たな核兵器開発は今も厳然と続く。原子力潜水艦や原子力発電所からは使用済み核燃料が生み出され、高レベル放射性廃液とともに最終的な処分地が見つからぬまま増加の一途をたどる。原発に依存する日本も、この点では例外ではない。シリーズの締めくくりに当たり、あらためて原子力エネルギーの軍事利用と平和利用の問題点を整理し、これからの歩むべき道について考えてみたい。




  
核兵器関連施設
 
 人類が本格的な核エネルギーの利用に乗り出した第二次世界大戦中の米国の原爆製造計画「マンハッタン・プロジェクト」から六十年。その所産であり、「核時代の扉」を開いた一九四五年の広島・長崎への原爆投下から間もなく五十七周年を迎える。

 この間、ヒロシマ・ナガサキが体験した「人類史的教訓」は生かされることがなく、米ソ両国は八〇年代末まで激しい核開発競争を繰り広げた。その結果、兵器用核物質製造施設では、敷地内はもとより周辺環境を著しく汚染、多くのヒバクシャを生み出してきた。

 米国のハンフォード、オークリッジ、サバンナ・リバー・サイト(SRS)、ロシアのマヤーク、トムスク、クラスノヤルスク…。加えてこれらの施設には、膨大な量の高レベル放射性廃液などが蓄積され、放射能量はそれぞれチェルノブイリ原発事故時に放出された量の数倍から数十倍にも達している。

 
▼5施設除染に36兆円

 「アメリカには百を超す核施設がある。そのうちのハンフォード、オークリッジ、SRS、ロッキーフラッツとアイダホ・エンジニアリング国立研究所の五大施設を合わせた汚染処理費用は、敷地内を自然放射線レベルにまで近づけようとすれば、推計約三千億ドル(約三十六兆円)かかる」。こう話すのはクリントン政権時代の八年間、エネルギー省環境管理担当ディレクターを務めた、首都ワシントン在住のジェームズ・ワーナーさん(44)である。

 除染作業には約七十年を見込む。年間経費に換算すると約五千百億円、一日約十四億円という巨額に上る。だが、その費用は核開発のツケの一部にすぎない。

 ワーナーさんは、汚染処理上の現在の最大の危険は「ハンフォード敷地内の百七十七個の巨大タンクに保管されている高レベル放射性廃液だ」と指摘する。すでに起きているタンクからの漏洩(ろうえい)だけでなく、核分裂による熱や化学反応によってタンクが爆発する危険性があるからだ。

 「SRSのように、取りあえずは廃液をガラス固化体にするのが次善の策。しかし、予定していた工場建設は、建設費が最初の契約よりも何倍にも膨れ上がったために破棄された」と残念がる。

 米国のひとつの施設を取ってみてもこの状態である。ロシアの状況となると、米国の状態にさらに輪をかけたように劣悪だといっても過言ではない。除染作業を進めようにも、そのための資金にすら事欠くありさまである。

 しかし、抜き差しならぬ環境問題を抱えながら、米国ではロスアラモス国立研究所などで小型核兵器の開発が進む。現在解体作業中のロッキーフラッツ核施設が製造してきた、核兵器の起爆装置であるプルトニウム・ピット。ブッシュ政権は五月末、ロッキーフラッツに代わる新たな工場の建設計画を明らかにした。

 包括的核実験禁止条約(CTBT)からの脱退、弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約の一方的破棄、米本土ミサイル防衛(NMD)の推進、準備を進める地下核実験の再開…。

 放射能汚染を拡大しない大前提は、何よりもまず核兵器の製造を禁止することである。だが、米国政府の政策は、世界の世論に真っ向から反対する道を歩もうとする。

 米国による核実験の再開は、ロシア・中国など既存の核保有国の核実験を誘発し、テロリストによる兵器用核物質の保有を含め、核拡散を加速させるだろう。それは取りも直さず、危険な放射性物質によるさらなる地球汚染を引き起こすことにほかならない。

 
▼「核至上主義」脱却を

 「二十一世紀に入っても、人類はいまだに『核至上主義』の野蛮な考えから抜け出せないでいる。このままでは世界は危険な『核のジャングル』に生きるようになる」

 米東部ボストン市郊外の自宅で会った核戦争防止国際医師会議 (IPPNW)名誉会長のバーナード・ラウン博士(81)は、人類の 未来に警鐘を鳴らす。

 「今一番求められているのは、テロ行為を恐れながら、一方で力によって世界を支配しようとする米政府の軍事・外交政策を国際世論によって変えさせることだ。そのためにも『唯一の被爆国』を唱える日本政府は、米政府の誤った政策に対して率直に注文すべきである。そして日本人は世界に向けて反核・平和のためのイニシアチブを、もっと積極的に発揮してほしい」

 被爆国の役割に大きな期待を寄せるラウン博士のメッセージを、私たちは今一度、深く胸に刻みたい。

 
原子力潜水艦
 
 米ロ両国は、海中を移動しながら核弾頭搭載ミサイルが発射できる原子力潜水艦を、核戦略の要に位置付けている。双方が互いに監視し合いながら世界の海を航海すること自体、接触事故など常に危険がつきまとう。

 だが、事故が起こらなくても、新たに生まれる使用済み核燃料や老朽化した退役原潜は、当事国のみならず、近隣諸国にまで大きな脅威をもたらしている。とりわけ資金不足のロシアがそうである。

 
▼老巧艦対策が急務

 「老朽化したロシアの原子力潜水艦はいつ沈んでも、事故を起こしても不思議ではない。北方艦隊よりウラジオストクやカムチャッカなど極東の太平洋艦隊の方がはるかに状態はひどい」

 ロシアのサンクトペテルブルグ市で会った元国家核安全監視委員会委員のアレキサンダー・ニキチンさん(50)は、旧ソ連時代にすべての原潜基地を視察した体験を基にこう断言した。

 ソ連の海軍アカデミーで「原子炉」を専攻。専門家として十一年間原潜にも乗り組んだ。九四年以降、ノルウェーの核・環境問題専門の「ベローナ財団」(本部オスロ市)のスタッフを務める。

 極東の基地には、核艦船を修理する施設も、放射性廃棄物を捨てるまともな施設もないという。「使用済み核燃料をウラル地方のマヤーク核施設まで運ぶ専用の列車は一つだけ。処理できない使用済み核燃料はたまる一方。数十隻の退役原潜の原子炉内には燃料が積み込まれたままだ」

 
▼欠かせぬ支援と監視

 コラ半島に原潜基地が集中する北方艦隊の状況は、すでに取り上 げた。そこでさえ「とても安心できる状態ではない」と、隣国のノ ルウェー政府は九五年以来毎年、傷みの激しい使用済み核燃料貯蔵 庫などの安全対策のために約二億円〜一億三千万の資金援助を続け ている。

 日本も九九年のロシア政府との合意に基づき、極東配備の退役原潜の解体事業に約百五十億円の財政支援を約束。が、ロシア側が軍事機密を理由にデータの開示を拒否したり、解体に伴う事故時の責任問題などをめぐり協議が難航しているために、事業は全く進んでいない。

 「時間が過ぎるほどに危険は大きくなる。使用済み核燃料を積んだまま沈没するようなことになると、日本海への放射能汚染も考えられる」。ニキチンさんはこう警告する一方で、自国政府にも注文を付ける。

 「わが国は日本など外国の財政支援なしでは、老朽原潜の解体を安全に進めることはできない。その事実を政府はもっと謙虚に受け止めるべきだ」と。

 ロシアへの財政支援では、常にその金が本来の目的に使用されているかが問題になる。核関連のすべての分野を統括する強大な原子力省の体質に疑問を呈するロシア人にも多く出会った。支援を受ける以上は、こうした疑問が出ないようにロシア側が透明性をもっと高める必要があるだろう。と同時に支援する側も、国民の血税が無駄にならないように、最後まで金の行方を厳しく監視する責任がある。

 そのことが、原潜を建造した当事国の枠を超え、今や「国際的課題」となってしまった米ソ冷戦期の「負の遺産」を解決する第一歩でもある。

 
  


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Negative legacy of nuclear age