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ラスベガス市長の記章を示しながら「これがあればドライバーを 逮捕できる」とほほ笑むオスカー・グッドマンさん(ラスベガス市)

中国新聞

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21世紀核時代 負の遺産
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ヤッカマウンテン放射性廃棄物処分地

 ネバダ州あげ 搬入に抗議 地震・事故・テロの危険も
 
 年間四千万人以上の観光客が訪れる不夜城の街ラスベガス。人波 がようやく途絶えた早朝にその街をたち、ネバダ州の砂漠地帯を北西へ車で約百四十キロ。途中、ネバダ核実験場入り口のマーキュリーを通過して到着したのは、原発から生まれる使用済み核燃料など高レベル放射性廃棄物の処分地として有力視されるヤッカマウンテンの入り口である。

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ヤッカマウンテン放射性廃棄物処分地への入り口。一帯は核実験場の西南に当たる(ネバダ州)

  
 「ここからさらに十一マイル(一七・六キロ)余り奥へ入った山のふもとに処分予定地の坑道がある。U字形をした全長五マイル(八キ ロ)の入り口の部分だけトンネルが掘られているが、実際の廃棄物 置き場などの工事はこれから。でも、われわれネバダ州民はこの計画に絶対反対の立場を取っている」

 ラスベガスから同行のネバダ州職員で核廃棄物担当技術・政策コーディネーターのスティーブ・フリッシュマンさん(57)は、山を見つめながら言った。

 そばからウエスタン・ショショーニー先住民指導者のコービン・ハーニーさん(82)の野太い声が響いた。

 「ネバダ核実験場も、その一部のヤッカマウンテンも、もともとアメリカ政府が認めたわれわれの土地。すでに核実験で一部の地下水はプルトニウムで汚染されている。高レベル放射性廃棄物の持ち込みで、これ以上われわれの神聖な大地を汚染することは許せない」




 原子力委員会(現エネルギー省)が、主として原発から生まれる使用済み核燃料の永久処分地を探し始めたのは一九七一年。八二年には議会が「核廃棄物政策法」を制定し、それに基づいて候補地を選定。八六年にはヤッカマウンテンのほかに、ワシントン州とテキサス州の三候補地が選ばれた。

 が、それから一年とたたない八七年に議会は、それぞれの地質調査も十分に実施しないままヤッカマウンテンだけを調査対象に選択した。

 「すべては政治的な力関係で決まったのよ。上院議員はどの州も二人だけど、下院議員の数は州の人口に応じて選ばれる。テキサスは二十七人、ワシントンは十六人。人口約百七十万人のネバダはわずか二人。首都では、大きな州の政治力に太刀打ちできない」

 ラスベガスを拠点に廃棄物持ち込み反対運動に取り組む市民団体 「ネバダ核廃棄物タスク・フォース」代表のジュディ・ツレイチェ ルさん(62)は、怒気を交えて言った。

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「輸送ルートに当たる住民にも事故やテロの危険をもっと訴えていかねば」と話し合う左からコービン・ハーニー、ジュディ・ツレイチェル、スティーブ・フリッシュマンの各氏。中央後方がヤッカマウンテン(ネバダ州核実験場近郊)

  
 エネルギー省の計画では、ヤッカマウンテンの地下埋蔵容量は七万七千トン。この地に一部兵器用を含め、現在百三十一カ所の原発施設などで保管されている使用済み核燃料と新たに生まれる燃料を、三十年がかりで運び込む。現在、原発敷地内の保管分だけで四万トンを超えると言われる。

 「キャスク」と呼ばれる特殊な金属容器に収められた使用済み核燃料の重さは、一個当たり十トン。容器全体の重量は百二十五トン。これを専用トラックや列車で運搬する。

 「搬入には全米五十州のうち、四十三州が通過地になる。半マイル(八百メートル)以内に五千万人以上が住む地域を通るわけ。事故だけでなく、テロ攻撃の対象となる可能性も高い」とツレイチェ ルさん。昨年九月十一日の米中枢同時テロ以後、「テロ攻撃は杞憂 (きゆう)にすぎない」との主張は説得力を持たないと強調する。

 「そのうえヤッカマウンテンは、科学的に見ても永久処分地とし てまったく不適切」とフリッシュマンさんは、記者のノートに地形 を描きながら説明を加えた。

 「近くには七つの火山があり、地震断層が走っている。埋蔵場所 から地下約七百フィート(約二百十メートル)には、豊富な地下水 が流れている。それが汚染されるとカリフォルニア州を含め、近郊 住民が使用している上水や農業水が使えなくなる。地下の岩石層も 火山が爆発してできたもの。一部は多孔質で決して強固とは言えな い」

 八五年以来、ネバダ核実験場の閉鎖を求めて抗議デモや座り込み を続けてきたハーニーさん。しかし今は安全保障のために核実験場 は必要と考える人たちとも一緒にやっていると打ち明ける。

 「違いを言っている場合じゃない。原発を抱える電力業界も、その意を体するブッシュ政権も、州内に原発一基もないわれわれに強引に危険を押しつけようとしているんだから…」。彼の言葉に、ツレイチェルさんとフリッシュマンさんは、うなずいて応えた。




 ラスベガスへ戻った翌朝、ホテルが立ち並ぶ大通りのはずれの市庁舎十階市長室で、オスカー・グッドマン市長(62)に会った。

 「五、六〇年代なら経済に大きなウエートを占めた核施設はネバダ州にとって大きな意味を持っていたが、今は違う。核廃棄物施設ができてもせいぜい千五百人程度の雇用を提供するだけ。ラスベガスのホテルなら一軒で四、五千人を雇うことができる」

 恰福(かっぷく)のいいグッドマンさんは、眼鏡の奥の目を細めて持論を展開した。もし事故でも起きれば、五分で世界中にそのニュースが流れる。実際に放射能漏れがなくても、うわさが立つだけで、世界各地からラスベガスを訪れる人びとの足は遠のくと言うのだ。

 「ネバダの観光経済を破滅させるようなそんな危険をだれが冒せるかね…。最近はギャンブルだけでなく、家族連れも楽しめる施設が増えた。ホテル関係者も、反対キャンペーンのための基金に大金を出資してくれているよ」

 市長就任間もない二〇〇〇年二月には、高レベル放射性廃棄物の市域の通過を禁止し、市長の権限で「ドライバーを逮捕できる」との条例を市議会で可決。同年九月には「非核自治体」として名乗りを上げた。

 「核実験は安全だと盛んに言われながら、ネバダやユタ州などの風下地区住民や核実験場の作業員はがんなどで大勢亡くなり、今も病気で苦しんでいる。今回も安全だと言うが、われわれは二度とだまされない」

 「アトミック・モーテル」「ミス・アトム」など何にでも「原子力」の名を冠し、アメリカの力を誇示する核実験を賛(たた)えてきたその都市の市長から、こんな言葉を聞くとは思ってもみなかった。

 ネバダ州政府は「エネルギー省の調査が安全性の基準を満たしていない」などとして、連邦政府を相手取りこれまでに五つの訴訟を起こし係争中だ。連邦議会では、ネバダ州選出の民主・共和各二人の上下両院議員が、党の違いを超えてプロジェクト中止のために「議会内で理解者を増やそう」と必死に訴えを続けていた。

 一方、議会の調査機関である会計検査院は、昨年十一月にまとめたヤッカマウンテンに関するリポートで、二百九十三カ所にわたって「さらなる科学的調査が必要」と、高レベル廃棄物処分地の決定を延期するようブッシュ政権に求めた。

 こうした専門機関などの意見を基に、ネバダ州民は「確かな科学的な裏づけに基づく処分法や処分地が見つかるまでは、それぞれの原発敷地で乾式保管をすべきだ」と提案している。



 だが、州民の願いとは裏腹に、現地取材後に届くニュースは州民にとって厳しいものばかりである。

 今年二月にはスペンサー・エーブラハム・エネルギー長官が「会計検査院の指摘個所については今後十分対応できる」と、ヤッカマウンテンに高レベル廃棄物の最終処分地を建設するようブッシュ大統領に勧告。翌日には大統領もこの案を承認した。

 これを受けて五月八日には下院議会で審議にかけられ、賛成多数で政府案が採択された。ネバダ州のケニー・グーイン知事が「核廃棄物政策法」に基づき、四月に提出していたエネルギー長官の勧告に対する拒否権の発動は、下院で覆されたことになる。

 同じ四月、サバンナ・リバー・サイト核施設を抱えるサウスカロライナ州のジム・ホッジェス知事は、政府に対し強い抗議声明を発した。核弾頭解体後の余剰プルトニウム三十四トンを同施設に持ち込み、ウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料として加工するとの政府要求後に、「政府が後にプルトニウムを州外に持ち出すとの期限を明示しない限り、州の武装警察官を動員して搬入を阻止する」というのだ。

 五月末に連絡を取ったフリッシュマンさんは、このニュースに触れながら、国際電話の向こうで声を高めた。「冷戦期間中は核施設でプルトニウムを生産し、今も50%以上の電力を原発に依存する州でさえこの調子なんだ。わが州の政治力が弱いからといって、連邦議会の決定や政府のいいなりになれないのが分かるだろう…」

 ヤッカマウンテンの問題は、下院から上院議会へ移り、七月二十五日までに結論が出される。しかし、上院で建設へのゴーサインが出ても「問題が解決したことにはならない」とフリッシュマンさんは強調する。

 それは単にネバダ州民が今後も「あらゆる抵抗措置を取る」ということだけを意味するのではなかった。一万年以上たってもなお強い放射線を発し続ける廃棄物のヤッカマウンテンへの搬入は、遠い将来、「自国民に新たな問題を突きつけるだけにすぎない」との意味合いも込められていた。
  


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Negative legacy of nuclear age