2000年4月14日
 10 ロビー活動
病との因果関係追究  政府に補償求める

  落葉樹に囲まれたバージニア州フェアファクス市の自宅裏のベラ ンダで、ポール・サリバンさん(37)は、一人娘のエアーインちゃん (4つ)とたわむれていた。

 「このところ、ずっと忙しくてね。下院議会の公聴会や、科学ア カデミーでの証言とか…。日曜にこうして娘と過ごすのが何よりの ストレス解消法だよ」。サリバンさんはそう言いながら、妻のダニ エルさん(34)に娘をあずけ、そばのいすに腰を下ろした。

  全米の60団体結集

 米国各地に散らばる六十の組織からなる「全米湾岸戦争リソース ・センター(NGWRC)」の事務局長。職場は自宅から東へ約四 十キロ、ワシントン市街地の地下の一室にある。「スタッフはわた し一人。議会へのロビー活動から、メールの郵送まで何でもこなし ているよ」と苦笑する。

 センターが誕生したのは一九九五年三月。慢性気管支炎などに苦 しむサリバンさんら、湾岸戦争に参加した兵士たちが次々と発病す るなか、情報交換や相互扶助を目的に、退役軍人や家族らによるグ ループが全米各地に生まれた。やがてインターネットで互いに結ば れ、五年前にテキサス州ダラスに約二百人が結集して旗揚げした。

 「米国は人類初の原爆を広島、長崎へ投下した。東西冷戦下の四 〇〜六〇年代には、太平洋やネバダ核実験場で二十五万人以上の アトミック・ソルジャーを生み出した。その上、湾岸戦争やコソボ 紛争では、新たな放射能兵器まで使った」。サリバンさんは世界の 多くの市民を巻き添えにし、自軍兵士をも犠牲にしてきた政府の核 政策を厳しく批判した。

  法の制定勝ち取る

 放射線の人体への影響について何一つ教えられなかった被曝(ば く)米兵。「彼らは病魔に侵されても『守秘義務』の縛りをかけら れ、家族にさえ実験参加を伝えることができなかった」と言う。被 曝米兵が特定のがんにかかった際に補償がもらえるまでに約四十 年、ベトナム戦争で枯れ葉剤散布の影響を受けた退役軍人が補償さ れるまでに二十年以上の歳月がかかった。

 「われわれは彼らから多くの教訓を学んだ。そして湾岸戦争から 七年後に、退役軍人病院での無料の病気治療と、疾病・障害年金を 認める『1998年湾岸戦争退役軍人法』を勝ち取った」。サリバ ンさんらは、法制定を「一歩前進」と受け止める。

 100%の補償が認められると年間二万五千ドル(約二百六十七万 円)ほどになる。だが、その数はわずか。しかも、劣化ウランによ る放射能や重金属汚染と、疾病との因果関係が認められたケースは 皆無である。

 「ペンタゴン(米国防総省)の意図ははっきりしている」とサリ バンさんは言う。対戦車砲として優れる劣化ウラン弾を、軍は今後 も使用する。武器製造企業の利益を図り、海外へも売り込む。放射 性廃棄物であるウラン238の処理にも一役買う、というわけであ る。

  兵器の廃絶が目標

 だが、最近の動物実験などから、劣化ウランの影響が判明しつつ ある。微量とはいえ、劣化ウラン弾に猛毒のプルトニウムが含まれ ている可能性も出てきた。こうした一つひとつの事実は、サリバン さんらが情報公開法などで得た資料から明るみに出たものだ。

 「これからも政府に病気の原因解明を求め続ける。そのことが、 退役軍人や家族の病気治療、補償に役立つばかりでなく、非人道兵 器の使用禁止にもつながっていくと信じるからだ」

 政府のごまかしを認めず、真実を求めようとするサリバンさんら の強い決意と行動力。その闘いは、軍事超大国アメリカが抱え る足元の矛盾を正そうとする、正義と民主主義への挑戦でもある。
                (田城 明)
                   =第1部おわり= 

一人娘のエアーインちゃんと遊ぶポール・サリバンさん。 「手足の指が10本そろっているか確認するまで心配だった」(バ ージニア州フェアファクス市)

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