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8.6探検隊

(40)「ノーモア・ヒロシマ」は間違い?

Q

「ノーモア・ヒロシマ」という英文は文法では間違いと聞いたのですが―。




A

文法上は複数 単数も定着

「ノーモア・ヒロシマ」は核兵器廃絶運動を代表するスローガンと言ってもいい。それほどよく使われる言葉だよね。それが間違っているのかな。調べてみた。

まず昔の新聞をめくった。なんと「ノーモア・ヒロシマズ」と、ヒロシマが複数形になっている。被爆から3年後の1948年8月1日の中国新聞の一面には「75年間不毛の地ともいわれたあの街が『ノー・モア・ヒロシマズ!』の叫びとともに永世平和都市へとたくましい息吹きをはじめた」とある。この年の8月6日の式典では、アルファベットでこのスローガン、つまり複数形の看板が掲げられた。

ひろしま国の「英語に挑戦」を担当する米国人アダム・ベックさん(46)に聞いてみた。「『ノーモア〜』は〜のようなことを繰り返してはいけないという意味なので、後に複数がくるのが普通」という。文法では「ヒロシマズ」が正解らしい。

実際、新聞記事でも55年ころまでは頻繁に複数が使われ、徐々に「ヒロシマ」と単数で書かれるようになっている。中国新聞で長年、原爆平和報道に携わった比治山大の島津邦弘教授(66)は「特にきっかけや論争があったわけではなく、片仮名にしたときに複数では違和感があるので変えていったのだろう」とみる。

■1948年の記事初出

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1948年8月6日の式典。右側には「ノーモア・ヒロシマズ」の看板が見える

ではいつから「ノーモア・ヒロシマズ」は言われるようになったのか。

「広島新史 歴史編」の執筆を担当した広島女学院大の宇吹暁教授(62)によると、48年3月5日の駐留米軍紙「パシフィック・スターズ・アンド・ストライプス」の記事に「ノーモア・ヒロシマズ」が出てくる。広島流川教会(広島市中区)の谷本清牧師が、8月6日を世界の記念日とし、広島が二度と繰り返されないように呼び掛けたキャンペーンの紹介記事だ。

書いたのは、UP通信(現UPI)のラザフォード・ポーツ記者。宇吹教授は「確認できた中では初出」という。

実はポーツ記者の記事にたどりつくまでは、「生みの親」はオーストラリア出身のウィルフレッド・バーチェット記者で、被爆1カ月後に広島から英国の「デーリー・エクスプレス」紙に送った記事にあると信じられていたらしい。

ところが、広島県史編さん室がその記事を取り寄せたところ、そのくだりがなかったんだ。72年1月19日付の中国新聞がそのことを伝えている。

■運動で広まる

どうやらポーツ記者の記事の後、谷本牧師をはじめとする宗教関係者が「ノーモア・ヒロシマズ運動」として8月6日を記念日とする働きかけを展開。それと同時にスローガンが広まっていったというのが本当らしい。

それでは最初に戻り、複数か単数か―。被爆者であり、広島市立基町高などで英語教師をした宮川裕行さん(79)は「厳密に言うと複数が適当かもしれないが、ヒロシマは固有名詞で複数は合わない。悲劇を二度と繰り返してはいけないという意味は十分伝わる」と単数でいいと考えている。(吉原圭介)


なるほどキーワード

  • 谷本清牧師

    米作家ジョン・ハーシーが被爆の翌年書いたベストセラー「ヒロシマ」の主人公の一人。終戦後にいち早く渡米して被爆被害を訴えた。被爆した少女や孤児の救済にも取り組んだ。1986年に77歳で死去。

  • ウィルフレッド・バーチェット記者

    オーストラリア生まれで、中国革命や朝鮮戦争なども取材した。1945年9月、ロンドンのデーリー・エクスプレス紙特派員として広島入りし原爆投下後の惨状を伝えた。83年に72歳で死去。